半導体メーカーである米Freescale Semiconductorは、レーシングカーレースのチーム「OGT! Racing」のメインスポンサーであり、2012年度から「ポルシェカレラカップジャパン(PCCJ)」に参戦しており、PCCJの第1戦において優勝も果たした。半導体メーカーが、なぜレーシングチームを編成、カーレースに参戦するのか。ここに新時代の半導体メーカーのあり方を見ることができる。

PCCJに参戦を決めたのはフリースケール・セミコンダクタ・ジャパンであり、米国本社に申請、その許可を得た形となっている。2010年4月から日本法人の代表取締役社長を務める、David Uze氏は、「レーシングカーを重視する理由は3つある」と語る。1つは、次世代の安全防止技術であるADAS(Advanced Driver Assistance System)に必要なデータと要求事項を知ることである。2つ目は、レーシングカーレースに出場し、「勝つ」という意識を強く持つこと、3番目はFreescaleの日本法人として日本のプレゼンスを上げること、である。

図1 フリースケール・セミコンダクタ・ジャパン代表取締役社長のDavid Uze氏

トヨタ自動車工業や日産自動車、本田技研工業など大手自動車メーカーが生産する乗用車とレーシングカーとは仕様も使われ方もまったく違う。にもかかわらず、カーレースに参戦するのは、極限に近い乗り方と、そこで生まれる問題をいち早くキャッチするためだ。一般の乗用車のドライバーはマナーの良い人ばかりではない。急発進、急ブレーキ、急ハンドル、急加速と、通常では考えられない運転をするケースがある。しかし大手自動車メーカーには、「想定外」という能天気な言い訳は、絶対に許されない。どのような乱暴な運転をしても事故に至らないようなクルマを設計する。このことが大手自動車メーカーの開発の魂であり使命だ。レーシングカーは乗用車の極限を具現化してくれるのである。

レーシングカーでは、振動は大きく、コックピットの中は60~70℃にも温度が上がることがある、とOGTに所属するドライバーのIgor Sushko氏(図2)は語る。さらに極度に軽量化されているため、火花が飛び散る内燃エンジン車から出る電気的ノイズはかなり大きい。こういった劣悪な環境で半導体や電子システム(ECU)をテストすることは、乗用車から見ると極限状態(ワーストケース)を再現しているといえる。

OGT! Racingチームのドライバー、Igor Sushko氏

半導体メーカーは今や、ユーザーである電子システムメーカーの要望を先取りして提案するという時代に入っている。このためにユーザーと同じ体験を積み、同じ問題点を把握し、そのソリューションを提案するのである。フリースケール・ジャパンがカーレースに力を注ぐのはまさに次世代ADASシステムを開発し、提案するためだ。

今回、フリースケールはレースにおける問題点を把握するため、ドライバーの身体にセンサを取り付け、レース中のセンサデータを収集していることを明らかにした。センサとしては、2種類ある。1つは身体の機械的な動きを把握するためのモーションキャプチャセンサであり、もうひとつは身体のストレスを測定するためのセンサである。前者はモーションキャプチャセンサ「DIMOTOR」を販売するエー・アンド・ディ・大学発ベンチャーのジースポートと協力、後者は東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻 浅間研究室・山下研究室と協力して、センサからのデータをとった。

図3 慣性計測ユニット「DIMOTOR」を使いドライバーの動きを測定

DIMOTIONは3軸の加速度センサおよび3軸のジャイロセンサを搭載した慣性計測ユニットであり、最大17個のセンサを搭載できる。ただし、今回の実験ではドライバーの胸と、両腕、両足に合計5個のセンサを取り付けた。DIMOTORからの信号をFreescaleのマイコン「Kinetics K60(CPUコアはARM Cortex M4)」によって処理し、Wi-Fiルータを通して車内のパソコンへ送り、データを収集する(図4)。パソコンにレーシング中の身体の動きデータを記録し、レース後にデータを解析する。現在も解析中だ。

図4 DIMOTORを使った計測ブロック図

クルマの運転中のドライバーの動きとクルマの動き(カーブに差しかかったり、曲がりきったり、直線を加速していたりなど)の両方を把握しなければならないため、クルマ自身にもこの慣性計測ユニットを搭載している。ドライバーの運動をつかむためにはクルマの動きと同期を取りながら、センサデータを取得する。同期をとるクロック信号は200Hz~300Hzで、RS-485インタフェースを利用する。

パソコン内にデータを記録しているが、リアルタイムでレーシングカーから外部へ信号を飛ばすにはデータレートと距離がまだ不十分だとしている。

もう1つのドライバーの健康状態をモニターする研究では、レース中のドライバーのストレスを測定、ドライバーの身体状況を安全技術にフィードバックすることが目的だ。これまで東大の浅間研究室では、心電図(ECG)や筋電図、発汗センサ測定などから、ストレスと共に心拍数や筋肉の動き、汗の出方が変化することを定量的に測定してきた(図5)。これをレースに応用した。

図5 東京大学浅間研究室が手掛けてきたストレスの定量化 (出典:東京大学)

9月8日、富士スピードウェイで開催されたカレラカップ第8戦において、筋電センサと発汗センサをドライバーに取り付け、実際のデータをとった。その結果、発汗データはまだ解析中だが、筋電データに関しては解析結果を得た。この解析結果では、カーブに入る直前や、直線状態になり加速する直前に筋電位が高くなり、ストレスが増えていると読み取れるとしている。

東京大学は、今後ストレスの度合いと生理指標との関係をさらに明らかにすることで、安全運転につながる技術に役立てたいとする。そのために、センサデータからの電気信号の意味付けや生理指標に対応させるためのアルゴリズムの開発を進めるという。

フリースケールは、今のところ、次世代ADASに向けた77GHzのミリ波レーダーによる衝突防止システムや360度サラウンドビューシステムなども開発しており、ポルシェのレーシングカーにこれらのシステムを搭載している。さらに将来のADASシステムに向け、DIMOTIONセンサによる腕や足の動きを安全操作にフィードバックするための半導体チップをクルマメーカーに提案する。

フリースケールのレーシングカーに対する取り組みなどに関する写真スライドショーはこちらから→