NXP Semiconductorsは、クルマの通信ネットワークに注力している。なぜか。クルマは1つのシステムである。車内にはECUが数十個使われている。より安全に、より快適に、より早く移動する、といった本来の目的を実現するためだ。これらのECUを機能的に結びつけ、ECUからセンサやアクチュエータを正確・高速に動かすために車内ネットワークが欠かせない。さらにクルマの位置を知らせて安全走行を促したり、必要な情報をすぐ採り入れたりするために車外ネットワークが欠かせない。だから、車内外の通信ネットワークにフォーカスを当てている。
「NXPはCAN、LIN、FlexRay(という3つの通信規格)でリーダーだ。クルマ用Ethernetの規格でもコンソーシアム設立メンバーのうちの1社である」と同社グローバル自動車半導体セールス&マーケティング担当Senior Vice PresidentのDrue Freeman氏(図1)は語る。CANやLINはデータレートが1Mbps以下と少々遅くても動作に支障のないウィンカーやワイパーなどECUからアクチュエータへ「動作せよ」という命令を伝えるための規格であり、もっと高速に10Mbps以下までをカバーするのがFlexRayである。カメラ映像を元に衝突防止やインフォテインメント関係のデータを送受するような10Mbps以上の高速通信にEthernetを使う(参考資料1)。
このほどNXPはカーネットワーク向けの製品をいくつか発表した。まず、カーラジオ向けの製品「SAF775x」だ。現在のカーラジオは山間や距離の離れた所へ移動すると受信しにくくなる。ノイズが入ったり、聞き取りにくくなったりする。デジタルラジオはアナログラジオと比べて一般に音質が良く、ノイズが少ないと言われている。衛星のデジタルなら移動中でも電波は入りやすい。SAF775xはアナログのAMとFMチューナに加えデジタルのDAB方式のチューナを1チップ化した。
1チップラジオを自由にプログラム
さらに車載専用デジタルラジオ用にはSAF35xxを量産している。これはHDラジオ、DAB方式、DRM方式にも対応し、ソフトウェア無線を利用して各国各地で異なるデジタル変調方式を、ソフトウェアを替えるだけで対応できるようにしている。
今回発売するSAF775xでは、欧州で採用されているDAB方式を集積しているが、ソフトウェア無線によってどの方式にも簡単にカスタマイズできる。ちなみに日本ではテレビのワンセグと同じISDB-T方式が使われ、米国はHDラジオ方式が主流に使われている。日本はマルチメディア放送のNOTTVにも使われるようだ。ソフトウェア無線は、さまざまな異なるデジタル変調方式に対して、ソフトウェアをフラッシュメモリなどに溜めておき、地域が変わると変調方式をメモリから引き出し取り替えるというもの。モデムのハードウェアを変調方式に応じて作り直す必要がないというメリットがある。クルマメーカーにとってソフトウェア無線チップを搭載した日本車は、海外にも販売できるというメリットがある。
このチップにはRF回路と復調回路を集積しており、復調回路はDSPでAMやFMラジオの復調機能を載せている。オーディオのサラウンドをはじめとするエンジン音からのノイズキャンセラ機能などにもDSPコアを集積した。これは、TenSilica製の「HiFi2 DSPコア」であり、ユーザ独自のオーディオ処理をプログラムしたり、サードパーティのソフトウェアを動作したりできる。製造はTSMCに依頼している。現在サンプル出荷中で、量産は2013年はじめから。
カーラジオを含めたカーエンターテインメント向けの半導体チップとしては、電力効率の高いD級アンプが次の製品となる。
電子キーはますますインテリジェントに
NXPはカーオーディオチップ以外についても最近発表している。特に力を入れているのは電子キーシステムだ。クルマのカギは主として2つの機能を持つ。1つはドアの開閉、もう1つはエンジンの始動だ。この2つを電子キーで実現する機能のうち、ドアの開閉機能をキーレスエントリと言い、エンジンの始動を認識する機能がイモビライザと呼ぶ。この2つの機能をNXPはクラシックキーと呼び、今後求められている電子キーとは区別している。このクラシックキー向けの半導体チップは8億個出荷されていると同社は言う。
電子キーの動向はさらにセキュリティを高め、さらに快適に使えるようにすることだという。このためには、まず長距離2ウェイキーと呼ぶ、システムを導入する。これは、クルマのそばではなく数10m離れた場所からクルマのエアコンを最初に始動させるようなシステムに使う。真夏や真冬のようにクルマに入っても気温が適切ではない場合に有効となる。キーのボタンを押すとクルマ側のトランシーバは、キーの所有者を認識し、確認信号をキー側に送り返すというもの。クルマ内はその後エアコンのスイッチが入る。長距離2ウェイキーのトランシーバチップ「NCF2983」は米国市場で要望が多く、米国市場に向け日本のメーカーが興味を示しているという。現在サンプル出荷中で2013年には量産に入る。
さらにその先にはNFCを使いスマートフォンと組み合わせて使うシステムを提案している。例えば広い駐車場のどこに止めたのか忘れてしまった場合に備えて、クルマから降りた時に電子キーにGPSでその位置を読みこませておき、NFCを使ってスマホにデータを送れば、スマホでGoogleマップからその位置を知ることができる。また、自宅を出る前にキーをスマホにNFCを使って転送すればガソリンの残量が表示されるというシステムにも使える。
ネットワークの先には磁気センサ
NXPはさらにネットワークの先にある磁気センサの開発にも力を入れている。狙う応用は、電子スロットル制御やステアリング制御である。電子スロットでは、アクセルペダルとガスバルブを機械的に直結させず、アクセルペダルの踏み具合(軸周りの回転角度)を磁気センサで検出する。そのデータをECUに送り、ECUが演算制御し、モータでバルブを開け、その開き具合を調節する。機械的な構造が簡素化され、クルマの信頼性が向上する。
日産自動車がステアリング-バイ-ワイヤ技術を搭載することを最近発表したが、こういった技術にも磁気センサは使われる。ハンドルの回転角度を検出する。従来のHallセンサだと感度がさほど高くないため、クルマへの応用に向かないとして、NXPはMR(Magnetoresistive)センサを利用している。これは磁界強度と抵抗値が連続的に変化するという関係を利用する。HDDの磁気ヘッドなどに使われた技術である。
NXPが最近発表した磁気センサチップ「KMA220」は、電子スロットルへの応用を狙った製品。この応用はクルマの速度と直接関係するミッションクリティカルなシステムなので、このICは冗長構成を採っている。すなわち1パッケージ内にセンサ2個とセンサ信号を処理するASIC2個、さらにコンデンサ3個を搭載した。センサとASICはそれぞれ回転角の信号をECUへ送る役割を担う。まったく同じ組み合わせで2個用意している。
このASICチップにはNXPが開発したABCD9プロセスを使っているという。これは140nmのCMOSプロセス(Advanced)をベースに、バイポーラ(B)と高耐圧プロセス(DMOS)も集積したもの。高耐圧、高温動作に向いたプロセスである。同社は、ブラシレスモータに応用すると、従来のHallセンサよりも角度を正確に測定できるため、モータの消費電力を抑え、ノイズを低減することができる。この結果、CO2/NOx排出ガスを減らすことができるという。
NXPのクルマ戦略は将来を見据えたロードマップを描いている。ソフトウェア無線、NFCによる電子キー、X-バイ-ワイヤといったこれからのクルマの未来が見えてくるようだ。