米Freescale Semiconductorが自動車用マイコン市場のトップの座を奪い返そうと戦略を立て直してきた。自動車用の車内通信規格FlexRayやLIN(Local Interconnect Network)などの標準化団体設立メンバーであった同社は元々、自動車向けマイコンが強かった。しかしNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジとの合併によって、自動車用マイコン市場トップの座から降ろされた。そこで今回、自動車向けの3種類のマイコンの内、モータ駆動用のマイコンをまず発表した。

Freescaleが得意とする自動車市場のマイコン(図1)には、インフォテインメントをはじめとするi.MXシリーズ、Powerアーキテクチャをコアとするフラッシュメモリ内蔵32ビットマイコンQorivva(コリーバ)がある。そして今回の16ビットマイコン「S12 MagniV」である。

図1 Freescaleの展開する車載市場

今回発表されたS12Z MagniVマイコンが狙うのはブラシレスモータ市場。クルマにはパワーウィンドウやワイパー、バックミラーなどモータで動くパーツが多い。このため小さなモータが数十個もある。これらを駆動するためにはできるだけ部品点数を削減したい。しかもクルマ用だから摩耗や機械的な劣化を減らしたい。そこで接点のないブラシレスモータの要求がクルマ用に強まってきた。

新マイコンの特長は、クルマに使われる数十個ものモータを駆動するのに適していることであり(後述)、最大40V耐圧のアナログ機能をもっていることだ。従来なら、マイコンと高耐圧回路は別に扱われていたため、実装面積が大きくならざるとえなかったが、S12Z MagniVマイコンだとアナログ回路や高耐圧回路まで集積している(図2)ため、モータ駆動回路の実装面積が少なくて済む。

図2 S12Z MagniVマイコンのブロック図

例えば3相のブラシレスモータを駆動するのには、パワーMOSFETが6個必要である。これまでは、そのパワーMOSFETを駆動するために高耐圧のドライバICが必要だったが、S12Z MagniVマイコン にはドライバも集積しているため、マイコンの出力先はパワーMOSFETのゲートになる。

外付けパワーMOSFETのドライバ回路には40V程度の耐圧が求められる。このマイコンは、耐圧40Vのトランジスタを集積している。パワーMOSFETのゲートに入力される高い電圧を作り出すためのチャージポンプ回路、DC-DCコンバータ(電圧レギュレータ回路)なども集積している。このDC-DCコンバータが40V、5Vのアナログ用電源、3.5Vのデジタル用電源、さらにインタフェース用電源と、複数の電源を供給する。このため自動車メーカやティア1メーカは、電源回路を設ける必要がなく、少ないボードの実装面積ですむ。

クルマのモータを駆動するためにデジタルで指令を出して伝える規格としてLINがある。LINではデータ転送速度は最大でも20kbpsですむため、マイコンからLINを通じてパワーMOSFET、そしてモータを駆動する。このS12Z MagniVマイコンにはこのLIN物理層インタフェース回路も集積しているため、LIN物理層デバイスを外付けする必要もない。まさに1チップソリューションというマイコンだ。

図3 ファミリとしてさまざまな品種があるS12Z MagniVシリーズ

ただ、モータ駆動用マイコンといっても、車種によって細かい仕様が異なるため、S12Z MagniVマイコンには拡張性のある機能を集積している。例えばフラッシュメモリ容量は最大128KB(1Mビット)だが、それほどは要らないというユーザに対しては64KBあるいは32KBの品種を提供する(図3)。4バイト単位で書き換えできる使いやすさを特長とするEEPROMは最大512バイトだが、EEPROMやフラッシュメモリにはECC(誤り訂正回路)機能が付いている。RAM容量は最大8KBだが、4KB、2KB版も用意する。A/Dコンバータも4チャネル分を内蔵しており、その分解能は12ビットある。さらにA/Dコンバータを追加したい場合は外付けできるようなインタフェースもある。

S12ZのCPUコアは100MHzで動作し、バス速度は50MHzである。さらにハーバードアーキテクチャを採用したデータ処理手法を採り入れたため、これまでの16ビットマイコンと比べ、実行サイクル数が少なくて済む。デジタルフィルタの演算では従来750サイクル数だったのが今回の手法ではその1/3ですむとしている。ソフトウエアの開発でも、アドレス空間を最大24ビットまで広げられるため、メモリをページモードで動かす必要がなく、アプリケーションの移植作業は簡単になる。

自動車内のモータがすべてブラシレスではないため、ブラシ制御のDCモータを駆動するためのチップも揃えている。ブラシレスモータ用のマイコン製品は、64ピンのLGFP-EP(拡張パッド)でその大きさは10mm×10mm。Hブリッジ構成のDCモータ制御用のマイコンは48ピンのLGFP-EPパッケージで、その大きさは7mm×7mmとやや小さい。

ハードウェア開発ボードやハードウェアのデバッグインタフェースに加え、ソフトウェア開発のコンパイラやデバッガ、LINモータ制御ソフトウェアライブラリも揃えている。

図4 S12 MagniVシリーズのロードマップ

Freescaleは今後、メータクラスタ向けのマイコンや、汎用LIN子機回路、LEDドライバ、HVACフラッパドライバなど次々とS12 MagniVシリーズを2012~2013年に計画している(図4)。さらに、車載市場はモータドライブだけではもちろんない。インフォテインメント系や、バッテリセンサなど高度な電動系、パッシブ及びアクティブセイフティ系、さらにはローコストソリューションに向けたプラットフォーム化など、さまざまなクルマの要求に答え提案していく。

こういったさまざまICを早期に開発していく手法として、顧客、サプライチェーン、ライバルまでも含めたパートナーシップを築き、エコシステムを構築していく、とフリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの代表取締役社長David M. Uze氏は語る。同氏はこのエコシステムをOGT(One Great Team)と呼び、最終的に顧客の力になることを進めていきたいと考えている。

図5 日本法人社長のDavid M. Uze氏