この連載が始まってから今回で30回目を迎えるが、最初の連載の2008年ではカーエレクトロニクス分野に参入しているメーカーはそれほど多くなく、主だった企業はルネサステクノロジとNECエレクトロニクス(共に現在ルネサスエレクトロニクス)、東芝などの日本勢に加え、ドイツのInfineon Technologies、米国のFreescale SemiconductorやAnalog Devicesなどだった。今や、米国のLinear TechnologyやTexas Instruments、Intersil、欧州のNXP Semiconductors、STMicroelectronicsなども加わり、カーエレが世界的なブームになりつつある。今や、半導体の研究開発会社である、IMECもカーエレ分野に入ってきた。
カーエレに対する欧州グループの勢いは、機械を半導体に置き換えた結果の素晴らしさを理解するようになったからだ。カーエレ半導体で先頭を切っていたInfineonは、BMWやAudiに先端のカーエレ技術を納めており、デザインの先進性だけではなく、消費電力が少ない(燃費が向上する)といった現実のメリットを知るようになった。これに続けという考えが出てきたのである。
タイヤの空気圧モニタが義務化
そのような中、日本勢が強かったのは自動車用のマイコンだけ。世界では、さまざまなアナログ機能を搭載した新しいデジタルの組み込みシステムなどに半導体を使おうという動きがある。この流れに日本の半導体産業が組込用途とアナログ分野で新しいカーエレ技術を自動車メーカーに提案できるだろうか。研究レベルの段階からもユーザーに提案する事例として、今回はIMECがエネルギーハーベスティング技術を利用した、タイヤの空気圧測定システムTPMS(Tire Pressure Monitoring System)を紹介しよう。
TPMSは、タイヤの空気圧を測定し、圧力がある値よりも低下するとドライバーに知らせるというシステムである。米国では10年ほど前に起きたブリヂストンの米国子会社であるFirestoneのタイヤを装着したクルマが事故を起こしたことを受けて、タイヤの空気圧をしっかり管理しタイヤの損傷と事故を防ごうという目的で装着を義務付ける法律が定まり、TPMSのタイヤへの装着が新車には義務付けられている。日本と欧州も間もなく義務付けられるようになると見られている。
TPMSでは、圧力を検出するためのMEMS(Micro Electro Mechanical System)センサと、圧力に相当する電流値を増幅したりA/D変換したりする電子回路、しきい値を超えるとドライバーに警告を知らせるための送信機、バッテリなどからなる。タイヤはすり減るまで使われるため、バッテリもその年数程度はもたせたい。しかし、毎日運転していないサンデードライバーなどは、3~4年経ってもタイヤがすり減るほど走行していないことが多い。いざという時にTPMSが作動しない恐れが出てくるが、電池動作のTPMSシステムはタイヤメーカーや電装メーカーなどから商品がすでに提供されている(図1)。
電池切れの心配が不要に
こういった電子回路では例えば、圧力を検出・測定する回路はできるだけ時間を置いて測る。すなわちデューティ比を低くして消費電力を抑える。例えば5~10分間隔で測るなら、電流はその間しか流れない。測定とデータ送信以外はスリープモードにして回路を眠らせておく。また送信器は圧力がしきい値を超える場合しか動作しない。こういった低消費電力にするための常とう手段を使っても、従来の電池なら4年、5年と長くなれば電池がそれまで持たなくなる恐れがある。
そこで、配線もバッテリも要らない、エネルギーハーベスティング技術でTPMSを実現しようという考えがIMECから出てきた。これは、自然界のエネルギーだけで電子回路を動かすという究極の低消費電力技術である。今回IMECが利用しようと考えたエネルギーはクルマの振動である。圧電素子を使い、加速がかかる方向にメンブレン薄膜を設けたシリコンチップを向けるとピエゾキャパシタ薄膜が凹凸運動を行い、電荷を発生する。この電荷は電流として取り出せるため、振動を繰り返す間、電流は回路を流れることになる。
この電流を利用して電子回路を動かし、タイヤの圧力を測定し、設定圧力を下回っているかどうかをチェックする。もし下回っていれば、ドライバーに警報を送るための高周波回路を動かし、送信電波を飛ばす。基本的には、圧力センサ、アンプ、A/Dコンバータ、マイコン、ワイヤレス高周波送信回路からなる。電池が消耗すれば、このTPMSシステムが動作できなくなる。エネルギーハーベスティング技術なら電池消耗の心配はない。
MEMSカンチレバーで振動を電力に変換
今回IMECが開発しているTPMSシステムは、上の基本回路に、タイヤの振動を電力に変えるトランスデューサと発電した電力を蓄えるキャパシタを足したもので済むはずだが、IMECはさらにインテリジェント化を進めている。タイヤの圧力だけではなく、タイヤの変形や歪みなども検出し、タイヤにかかる力やスリップ状態、摩擦力などタイヤの状態を見積もる。基本回路は図2のように振動を電力に変えるフォースセンサが加わっている。送信機からの電波を受ける受信機はクルマ側のECU(電子制御ユニット)に設置し、タイヤの状態を記録しておく。
2011年12月のIEDM(国際電子デバイス会議)においてIMECがオランダのHolst Centreと共同で発表したMEMS振動チップ(図3)は、時速70kmで42μWの電力を生じた。電子回路を動かすのに十分な値だという。このMEMSチップはAlN圧電薄膜をメタルでサンドイッチした構造のカンチレバーでキャパシタを構成している。タイヤの回転という振動が発生すると、カンチレバーの先端に取り付けたおもりが動き、ピエゾ素子に電荷を発生させる。タイヤの振動とカンチレバーの振動が共振するときに489μWという最大の電力を得ている。この時の振動周波数は1011Hz。そこで振動周波数を下げることで必要な電力を最大になるように設計を最適化することが今後の課題となる。
カーエレ市場は多岐多様に渡り、みんなが市場を分け合うという状況であり、食い合うという状況では決してない。より安全に、より快適に、より機能的にする新しいアイデアが勝負となる。だからこそ、誰もがカーエレ分野に参入してもそれぞれの価値を提供することで市場を開くことができる。市場を価格の叩きあいという悲惨な状況はまだ生まれない。だからこそ今、世界中がカーエレ市場に参入してきたのである。