オランダNXP Semiconductorは、カーラジオやカーステレオなどのカーエンタテインメントの高周波無線技術や、CAN/LAN/FlexRayなどの車載ネットワークなどでカーエレクトロニクス分野を伸ばしてきた。これまでの自動車の無線技術をさらに生かし、クルマ同士の通信や、クルマと道路の無線機器との間の通信などを強化するコネクテッドモビリティと呼ぶ通信に力を入れ始めた。NXPは、キーレスエントリをはじめとする認証応用のNFC(near field communication)でも主導的な立場に立って、ソニーのFelicaとも協調を図りながらNFCの普及を進めてきた。
その結果、自動車エレクトロニクス分野で、NXPはじわじわと市場シェアを上げている。米市場調査会社Strategy Analyticsの調査によると2005年における市場シェアは6%未満だったが、2009年には6.4%、2010年は6.9%へと伸ばしてきた。NXPのコネクテッドモビリティは、クルマと無線通信との結びつきをさらに強めようという戦略であり、ガソリン車からEV(電気自動車)への動きと、モバイルブロードバンド、クラウドコンピューティング、等の将来的な動きとの連動を自社の成長に生かしていこうというもの。EV時代になるとクルマはクラウドを通してバッテリ情報をドライバに伝えるため常にデータセンターのコンピュータとつながり、さらにスマートグリッドともつながるようになる。その通信にはLTEや4Gネットワークを利用するようになる。
ここでカギとなるのはワイヤレス通信技術。カーナビ(GPS:Global Positioning System)などの位置情報サービスや、車両の遠隔管理、クルマとクルマ間や、クルマとインフラ間などのCar-to-X(Car2Xとも表現する)通信などは、これからのカーエレクトロニクスのコアとなる。オランダが国を挙げて取り組んでいるSPITS(Strategic Platform for ITS:Intelligent Traffic Systems)プロジェクトにもNXPは積極的に参加しており、そのコアとなる半導体を設計製造する。
このプロジェクトは日本のITS(高度道路交通システム)と似ているが、仕組みをソフトウェアなどで拡張でき、アップグレードもできるようになっており、オープンなプラットフォームである点が異なる。交通情報支援、インフォテインメント、B2Bサービス(保険会社やドライバ支援企業などとの連携)の3つを主な目的としているが、今のところ、インフォテインメントが先行している。インフォテインメントだけを見ていると日本の方が進んでいるような印象を受けるが、Affordable, Scalable, Upgradableという3つのフレキシビリティを掲げているため、アッという間に追いつかれ追い越されてしまう恐れはある。
まず、さまざまな方式のデジタルラジオ、アナログラジオに対応するため、SDR(software defined radio:ソフトウェア無線と呼ぶ)技術に力を入れている。これは、ハードウェアを固定しておくものの、通信方式をソフトウェアだけで変更できるという特長がある。地上波デジタルテレビは欧州ではDVB-T、米国ではATSC、日本ではISDB-T(13セグ)などと各地で方式が違う。
デジタルラジオも同様で、欧州のDAB、米国のHD Radio、さらに携帯向けの方式、というようにやはりさまざまな方式が乱立している。こういったデジタルテレビ、ラジオの機器メーカーにとって1個のシリコンチップだけで設計製造できるという強みがソフトウェア無線にはある。メリットは半導体メーカー側に大きいが、低コストに出来ることは結局、半導体のユーザーである電子機器メーカーにもメリットとして返ってくる。具体的にはベースバンドの演算部分のハードウエアをDSP(デジタルシグナルプロセッサ)やマイクロプロセッサなどのプログラム可能なプロセッサで構成し、アルゴリズムを変えることでさまざまな通信規格にも対応する。NXPはこのベースバンド部分の計算用にベクトルプロセッサを独自に開発している。
デジタルラジオ以外にはCar2X方式の通信にも使う。このCar2X通信の例(図1)として、乗用車A、その後ろに大型トラック、その後ろに別の乗用車Bが並んで交差点にくるとしよう。後ろの乗用車Bからは前が見えないため、信号のない交差点なら横から飛び出してくると事故を起こしかねない。このような場合、乗用車Bから電波を発射し、別のクルマも電波を発射していれば、たとえ見えなくてもお互いにクルマを検出できる。道路の交差点にも送受信機を置くと両方のクルマに知らせることができるため、さらに安全になる。都会では特にビルが乱立しているため電波のマルチパスが存在し、ノイズとして現れることが多い。このため高い受信性能が求められ、高性能な半導体が必要となる。
送受信するための無線方式として、IEEE802.11pがある。民生で使われているWi-Fiチップとは違い、ノイズに強くデータレートを低下させないことが要求されるが、802.11pは90km/時でハイウェイを走行している状況でもデータレートは10%程度しか低下しないことをNXPは実証している(図2)。クルマ用の802.11pは民生用のWi-Fiよりも送信パワーが大きく600~700mくらい手前から電波を検出できる仕様となっている。
NXPは無線回路のプラットフォームMK3を作り、ベースバンドから制御回路まで搭載し、デジタルラジオ受信機のソフトウェア無線方式もデモしている。802.11pもデジタルラジオと同様、欧州が5.9GHz帯でOFDM変調なのに対して、日本は5.8GHz帯でASK/PSK変調方式と異なるため、ソフトウェア無線で対応している。ソフトウェア無線に収容しているソフトウェアの量は数MB程度で収まる。半導体メーカーにとってソフトウェア無線は、地域ごとにベースバンドチップを設計する必要がなく、低コスト化できるというメリットは大きい。