イスラエルのファブレス半導体メーカーのValens Semiconductorが、MIPI A-PHY規格に準拠したSerDes(シリアライザ+デシリアライザ)チップセット「VA7000」をサンプル出荷してから2年余り。ついに欧州のクルマメーカー3社が採用することを決めた。

  • 欧州自動車メーカー3社がValensのMIPI A-PHYチップを採用

    図1 欧州自動車メーカー3社がValensのMIPI A-PHYチップを採用 (出典:Valens Semiconductor)

イスラエルの中央部ホッドハシャロン市を拠点とするValensは、欧州の自動車メーカー各社にアプローチしてきており、このほどValensのSerDes(シリアライザ・デシリアライザ:並列データを直列データあるいはその逆に変換する技術)チップが3社に採用された。その技術について同社CEOのGideon Ben-Zvi氏が明らかにした。

もともとMIPI(Mobile Industry Processor Interface)規格は、携帯電話のカメラとアプリケーションプロセッサ(APU)や、APUと液晶ディスプレイ間の高速インタフェースとして使われてきた。AV(AudioとVideo)の信号をシリアル伝送するための規格である。これをMIPI AllianceのA-PHYワーキンググループが開発、車載用の長距離SerDesとして標準化した。

ノイズに強い

クルマ用の配線はできるだけ本数が少なくて済むシリアル伝送が採用されている。信号を受け取るチップ内部ではパラレル伝送して高速処理をすればよいが、チップの外の配線はできるだけ少なくしてクルマの重量を軽減したい。そのためにSerDesチップの共通インタフェースが必要だ。ところがクルマの中はノイズだらけ。内燃エンジン車は点火プラグからのノイズは激しいうえに、電動車でさえ、モーターのN/S切り替え時にもノイズは出やすい。

もちろん、ノイズの影響を受けにくい光ケーブルを使う手はあるが、そもそも高価である。クルマ用途のように性能とコストを両立させる応用では、コスト面の理由からいまだに使われていない。

ValensのSerDes ICである「VA7000」シリーズは、ノイズ対策をとっており、伝送信号のビット誤り率BER(Bit Error Rate)は10-19と極めて少ないとBen-Zvi氏は言う。クルマメーカーは恐らく、この誤り率の低さがノイズに左右されず採用の決め手になったのではないだろうか。これほどまで低いBERのICチップはこれまで筆者の知る限りはなかった。

車内のカメラ映像をECU(Electronic Control Unit)内などのプロセッサに送る場合、ノイズが大きいためケーブル内で1、0の信号が変化する可能性は極めて高い。だからこそノイズ対策を万全にしていなければクルマメーカー(OEM)はチップを採用しない。それもケーブル長が長くなればなるほどノイズは入りやすくなる。

カギはDSP

なぜValensのSerDesチップはこれほどまで低いBERが得られたのか。他社との差別化のカギは、デジタルのDSP(デジタル信号処理プロセッサ)を使ったことだとBen-Zvi氏は言う。クルマの伝送線路内では、1、0信号をある程度、固まりに束ねたパケット単位で送るが、ValensのSerDesは受け取る側でパケットごとに信号を処理する。パケットごとにノイズを打ち消し合うようなアルゴリズムをDSP回路で処理するのだという。パケット内のデジタルパルスは歪むため、その歪をうまく打ち消し合うようなアルゴリズムで歪を除去することになる。

これまでのアナログ方式では例えば、周囲環境のノイズの位相を90度ずらすとノイズを打ち消し合うことができるが、おそらくこのアルゴリズムでも、実質的に位相をずらしているのではないかと思われる。位相をずらすアルゴリズムがデジタル方式で行っているのではないだろうか。

VA7000シリーズをサンプル出荷してから2年でクルマに採用が決まったことは、これまでのスピードから見て速いという。クルマ業界では、Valensのような小さな企業はよほど他社との差が開いていなければ採用しないからだとBen-Zvi氏は言う。クルマ業界は安全第一であるからこそ、新しい技術の採用には慎重である。

  • MIPI Allianceのメンバー企業たち

    図2 MIPI Allianceのメンバー企業たち

ただ、SerDesのようなホストのSoCやCPUとカメラのCMOSセンサのような端末をつなぐIC製品メーカーは、SoCやイメージセンサメーカーともコラボレーションすることが欠かせない。MIPIインタフェースを利用するMIPI Alliance(図2)には多数の会員がいるため、サプライチェーンからユーザーまで、仲間同士の人脈ネットワーク形成も重要なビジネス上の仕事となる。

今回のVA7000シリーズではデータレートが16Gビット/秒と高速だが、カメラなどからの映像の解像度をもっと上げたり、フレームレートをもっと上げたりするような応用が求められるようになるだろう。Valensは10月1日にマシンビジョン用の製品も発表しており、また、MIPI Allianceは次の32Gビット/秒規格の標準化仕様A-PHY v2.0も9月下旬に発表しており、さらなる高速化に対応する準備が出来つつある。