究極の電気自動車(EV:Electric Vehicles)は、車輪ごとにモーターを回すインホイール・モーター方式になるといわれている。自動車エンジニアに取材すると、電気自動車の最大のメリットは自動車設計の自由度が高まることにあると言う。ただし、まず従来の内燃機関エンジンを置き換えたモーターを搭載した電気自動車のあとにインホイール・モーターの自動車がやってくると期待されていた。

従来の自動車の設計は、エンジンを収める場所の体積を確保したうえで始めるため、現在の形から一歩も抜けられない。エンジンルームを無視して設計するなら、丸い自動車、円錐状の自動車などどのような形の自動車でもタイヤ部分の制約だけで自由に形を決めることができる。

SIM-Drive 代表取締役社長で慶應義塾大学環境情報学部教授の清水浩氏

しかし、究極の電気自動車と言われているインホイール・モーターカーの時代は意外と早くやってくるかもしれない。「現在、電気自動車最大の弱点である航続距離を1.3~1.5倍伸ばせる」と電気自動車の製作を30年間やってきた慶應義塾大学環境情報学部教授の清水浩氏は語る。モーターから車輪までの動力は直接伝わるインホイール・モーター方式だと、ギアやシャフトによるロスがないため、電池のムダが少なくなる。さらに床一面に電池を敷き詰める方式を使えば空気抵抗はさらに1.2倍ほど減り、この結果現在の電気自動車よりも1.5倍以上航続距離は長くなるとしている。

SIM-Driveと従来構造の違い

清水氏は最近設立したインホイール・モーター方式自動車ベンチャーの「SIM-Drive(シムドライブ)」の代表取締役社長も兼務する。CO2削減の最近の動きから電気自動車に注目が集まっているが、同氏はこれまで8台の電気自動車を製作し、9台目が間もなく完成するという。電気自動車を製造販売する会社を作ろうかと考えたが、日本では新たな自動車メーカーの設立は規制が多く、難しい。このため、電気自動車を普及させるための会社なら設立できると考え、2009年8月に会社を設立した。

この会社は、ベネッセコーポレーション会長兼CEOの福武總一郎氏、ガリバーインターナショナル会長の羽鳥兼市氏、インターネット総合研究所代表取締役所長の藤原洋氏も電気自動車に試乗し電気自動車普及のための会社を設立することに賛同したという。福武氏が代表取締役会長であり、羽鳥氏、藤原氏も取締役として参加した。電気自動車は本来、構造が単純であり、部品点数もエンジン自動車よりも少ないため、大量生産できればより安価に製造できると清水氏は考え、インホイール・モーター車を誰でも参加できるオープン方式で国内外での電気自動車の普及を狙う。

これまで試作した電気自動車の例として、2004年に開発した電気自動車「エリーカ」は最高時速380km、1回充電での走行距離300km、電池の総電力55kWh、最大電圧328V、最大出力75kW×8輪という8輪乗用車を開発、ガソリンエンジン車をしのぐ性能を出せることを実証している。

最高速度370km/hを実現したEV「Eliica」

この8輪車という考えは、従来のガソリン自動車の発想からは出て来ない。今、自動車メーカーが開発している電気自動車だと、モーターからクラッチやトランスミッション、デフなど機械部品によるロスが大きいため、走行距離が短いのだと清水社長は言う。これまでの開発経験を通じて電気自動車はガソリンエンジン車とは基本的な考え方がかなり違うとしている。例えば、エンジンだと、ギアを使って変速するため、エンジンの高速回転は基本性能の1つであったが、タイヤに直接回転を伝えるインホイール・モーターなら低回転速度・高トルクのモーターが求められる。清水氏によると、4輪駆動や8輪駆動の方が燃費は向上し、航続距離が増えるという。

シムドライブは、清水氏が30年間蓄積してきた電気自動車の技術やノウハウを利用して、電気自動車を最小の費用で提供することをミッションとする。自動車メーカー、ティアワン部品メーカー、その他自動車製造に興味のある企業なら国籍を問わず参加できるオープン方式をとる。

今年はフェーズ1で普及モデルの検討や調査だが、フェーズ2では標準化と先行開発を行う。2010年内に2台を試作する計画で、そのために20社を集め、各社が2,000万円拠出し合計4億円をかけて試作する。インホイール・モーター車を先行開発できる上に、開発中に得られた情報を持ちかえることができる。これまでに自動車メーカーや部品メーカー、材料メーカー、商社などが参加の意思を見せているという。

ビジネスを3段階に分け、2013年の量産車への適用を目指す

フェーズ3は電気自動車の量産に入る。シムドライブは製造サポートや研修教育を支援する。インホイール・モーターのノウハウをメーカーに与え、その対価を受け取る。特許はシムドライブが持つことになる。特に量産によるロイヤルティ収入が主な収入となる。

誰もが参加できるオープン方式であるため、標準化するのはまず電池のサイズだ。バッテリの端子のサイズや端子間距離、バッテリそのものの大きさなどを標準化すれば、電極の改良などでバッテリ容量が進歩しても交換し、自動車の性能を上げることができる。現在の大手自動車メーカーは電池で差別化を図ろうとしているが、シムドライブは電池の改良は日進月歩で進むため、常に性能のよい電池に変更できるようにする。また、標準化はハードウェア主体であり、各車輪に同じ電流を流すが、その先に4輪独立の自動車を試作する。

車種によってモーターの大きさも規格化し、モーターの直径は基本的に小型車用10cm、高級車用20cm、バスやトラック用の30cmと3種類だけに絞っている。クルマの出力はモーターの数で調整する。今のところ、モーターはタイヤの中には埋め込まない。ただし、同じ車軸に設置する。タイヤ数とモーター数で出力を調整するわけだが、清水氏によるとモーターの口径を大きくするほど効率は高くなるという。ここでも従来のガソリン車の常識は覆される。

既存の自動車でもボディをそのままに電気自動車に変えることも可能なのが同社の技術

標準化によって目指すところは、共通のプラットフォームを構成し、その上に自動車のボディを載せることで、ボディのデザインは各社各様にしてここで差別化を図る。部品を共通にしておけば大量生産可能になり、コストダウンが図れるというものだ。すでにプラットフォーム構想があり、形やサイズを共通化・標準化し、搭載する車両制御コントローラやインバータ、バッテリ、モーターなども差別化を図れる部品技術となる。部品サイズを標準化しておけば中身で勝負することになる。

SIM-Driveを構成する各要素