元々、車載用と産業用にフォーカスしていたルネサス エレクトロニクスが、経営陣の判断でIntersilとIDTを買収したことで、低迷していた業績だが、ようやくここにきて攻めに転じるようになった。

これまで、アナログと光センサのIntersilと、データセンターコンピュータ向けのクロックデバイスに強かったIDTがルネサスに加わることで、クルマビジネスにどう生かしていくか悩んできたが、どうやら吹っ切れたようだ。

買収当初は無理やりIDTの流量センサを内燃エンジンに使うという相乗効果を経営トップが説明していたが、内燃エンジンには未来を感じられず、空しい叫びともとれた。しかし、今や電気自動車(EV)やADASという未来に向けたソリューションが旧3社のシナジーで得られることをルネサスが訴求するようになった。

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    図1 ADASやドメインコントローラ、EVなど未来に向けた価値を提供 (出典:ルネサス)

クルマ分野における成長分野は、CAGR(年平均成長率)が21%のEVと、同17%のADASである、と市場調査会社のStrategy Analyticsは予測している。この予測では、他の分野として制御系は同4%、インフォメーション系も同4%と見ており、ルネサスがこれから注力するEVとADASは期待が大きい分野である。

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    図2 クルマの中でEVとADASの成長率が大きい (出典:ルネサス)

EVに必要な半導体はパワーとアナログ、そしてPMIC(電源用IC)である。パワーはCAGR9%、アナログは同8%の伸びが予測されており、ルネサスの持つR-CARシリーズのSoC(システムLSI)も同12%という伸びが期待されている。

ルネサスは、これらの成長分野にうまく乗っていくことと、旧IDTと旧Intersilの製品や技術力をどう活用していくか、その答えが図3にある。演算が必要なSoCにはルネサスのR-Car、制御が主体の場合にはRH850とRL78のマイコン、パワー半導体はルネサスだが、アナログとなるとルネサスのゲートドライバなどのパワー半導体を駆動するための半導体チップだけではなく、旧Intersilからはビデオインタフェースやビデオ信号処理、バッテリ管理IC、PMICなども加わる。

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    図3 ルネサスと旧Intersil、IDTの製品ポートフォリオで成長分野をカバー (出典:ルネサス)

レーダーやLiDARの高速制御には旧IDTのタイミングIC、車両制御ではポジションセンサやワイヤレス充電などのICを持つ。シナジーを生むのは、製品ポートフォリオだけではない。やはり人である。新型コロナウイルス対策として人工呼吸器の開発ボードは、IDTのメンバーが中心に作り上げた。ルネサスの制御用マイコンと、アナログ・パワー半導体、IntersilのPMIC、IDTの流量センサなどを組み合わせた人工呼吸器用開発ボードをルネサスは世界に先駆けて発表した。

これまでのルネサスが明らかにしてこなかったソフトウエアの再利用についても積極的に取り組んでいる。SoCやマイコンなどではソフトウエアの再利用は、コストをかけずに次世代製品を開発する重要な技術の1つである。すべてのソフトウエアを再利用できるわけではないが、ルネサスは、同一アプリケーションの間では75~95%のソフトウエアの再利用を図っている。アプリケーションが異なる場合でも少なくても30%以上、多いと70%を再利用している。

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    図4 ソフトウエアを再利用しやすくし、開発コストを抑えている (出典:ルネサス)

特にクルマ用では、ソースコードが1億行にもなることがある。R-CarとRH850はソフトウエアのスケーラビリティを高めることで再利用を進め、OEMやティア1サプライヤのソフト開発コストを削減してきた。ただし、ソフトウエアの著作権はユーザーにあるため、ユーザーが使う次世代製品に再利用する。再利用できる形にソフトウエアを整えておけば、ユーザーは次世代、さらにその次もソフトウエアを再利用することで、新しいソフトウエア機能に集中でき、ユーザー離れを防ぐこともできるようになる。

R-CarはArm Cortex-AシリーズをCPUコアとするSoCであるが、フリーのCPUコアであるRISC-Vも検討し始めている。ただ、今のところは、Cortex-Aコアのハイエンド版と比べるとRISC-Vはまだ若干劣る。しかし、マイコン向けのCortex-Mシリーズと、リアルタイムOSのCortex-Rシリーズと比べると、RISC-Vはそん色のないレベルまで来ている、とルネサスのオートモーティブソリューション事業本部の副本部長である片岡健氏は述べている。

EV関係では(図5)、モータを駆動するために直流を交流にするインバータにはIGBTが使われているが、ルネサスはパワー段のIGBTだけではなく、旧Intersilのゲートドライバを持っており、制御マイコンRH850からIGBTパワートランジスタまで揃えている。また、ブレーキをかけた時にモータは発電機に代わるため、得られる電力を蓄電器に貯める必要があるが、そのオンボードチャージャーにもIGBTやMOSFET、ゲートドライバ、マイコンも揃えている。さらにバッテリ間のバラつきを補償するBMS(バッテリ管理システム)ではIntersilの製品があり、個々のセルと通信しながら充電が一様になるように補償していく。

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    図5 EVで使われる半導体チップセットが十分揃っている (出典:ルネサス)

ルネサスは、パワートランジスタとしてIGBTを手掛けており、SiCやGaNはやっていない。しかし、ゲートドライバは、SiCが普及してパワートランジスタとして使う場合でも、スイッチング周波数とスイッチングの立上りdV/dtが急峻でも十分な余裕をもって対応できる、と同社執行役員兼オートモーティブソリューション事業本部副本部長の真岡朋光氏は述べる。また、SiCではオフ時にゲートに負電圧を要求するケースがあるが、IGBTでも同様な負電圧の要求があるため、たとえSiCに代わっても、ゲートドライバの設計が大きく変わることはないという。また、現在企画中の新製品は、SiCとIGBTの両方を念頭に仕様を検討しているという。

BMS向けのBMICは、旧Intersilが開発したものだが、初期精度(±2mV)や長期ドリフトの抑制(15年で±6mV以内、ただし6σでのバラつき)では業界最高レベルで、ASIL Dをサポート、マイコンとのセットでの提案もしている(図6)と真岡氏は言う。精度が高いということは、リチウムイオン電池セルの使える範囲を広くとれる、つまり長く使えるため、クルマの走行距離が延びるというメリットがある。精度が低ければ、その分マージンを大きく取らなければならないため、電池の使える電荷の範囲は少なくなってしまい、走行距離が短くなる。

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    図6 BMICのISL78714は最大14個のセルを管理できるため、IC5個をデイジーチェーンでつなげば最大70個のセルを管理できる (出典:ルネサス)

加えて、外部キャパシタや抵抗など周辺部品のBOMコストが安価で済む構成になっているという。同社のBMICのメリットは多いのだが、BMICとしては後発企業であるため、この点がライバル企業に対して弱点となっているという。

ルネサスの車載半導体ビジネスは、IntersilやIDTの製品を追加するチップセットにしたソリューションによって、ADASからEVシステムまで提案できる体制が強固になった。この先のビジネスが期待される。