日産自動車は、同社が描く未来の社会を体験できる体験型エンターテインメント施設「ニッサン パビリオン」を横浜みなとみらい21地区に8月1日にオープンさせた。
同社が7月15日に発表した「ProPILOT 2.0」搭載の新型電気自動車「アリア」を展示し、「技術の日産」を示しながら、未来に向けて「人間の可能性を拡張する」ことを主張するコンテンツをデモンストレーションしている。
パビリオンの中央にはアリアが展示されており(図3)、事前予約しておけば試乗も可能だ。日本での発売は2021年中ごろを予定しており、日産にとってアリアは未来のクルマの象徴でもある。日産はこれまで培ってきたテクノロジーを誇るだけではなく、人間の未来の社会をテクノロジーで表現しようと考えた。パビリオンの開催期間は2020年10月23日までを予定している。
以前から日産は最初の電気自動車「リーフ」のバッテリで家庭の電力を賄うことを謳ってきた。このパビリオンでも、屋根に設置したソーラーパネルで発生した電力をリーフ(図4)のバッテリに貯め、そのバッテリで設置したカフェの電力の一部を賄っていることを示した。
カフェ内では、コーヒーなどの飲食物を運ぶ無人ロボット搬送車AGV(Automated Guided Vehicle)を配置、厨房で飲食物を受け取り無人で運んでくる。本体の中にLiDARを搭載、周囲を見て衝突を回避しながら走行する(図5、6、7)。
NISSAN CHAYA CAFEに設置されたAGV
LiDAR(Light Detection and Ranging)は、目に見えない赤外線のレーザー光を発射して物体にぶつかると反射して戻ってくる時間(ToF:Time of Flight)を測定し、物体までの距離を測っている。周囲の物体すべてをカバーするため360度の周囲とある程度の高さを走査して物体の3次元形状を認識する。これまではVelodyne社のポリゴンミラーをぐるぐる回転させて360度網羅してイメージングする方式が主流だったが、最近ではMEMS(Micro Electro Mechanical System)ミラーを使って電子的に走査する方法や、数十~数百個のレーザービームを平行に発射し物体からの反射を測定する電子的な方法で小型化する開発が競い合っている。
ちなみにApple社のiPhone Xから始まったスマートフォンの顔認証システムもLiDARと似ており、数十本のレーザービーム(赤外線なので目には見えない)を顔に当て鼻、口、目、額、耳、それぞれの距離と間隔などの3次元画像を描き、その距離測定から人の特長と併せ、顔を認識する仕組みだ。たとえ本人の写真であっても認識されない。写真は3次元画像ではないからだ。
ニッサン パビリオンのカフェでは、スマホやタブレットを充電できるワイヤレス充電器をカウンターのテーブルに埋め込んでおり、感触は木製でありながら、充電できるようにその充電コイルを埋め込んだ部分を光で示している。また、食べ物や飲み物のカードをテーブル上の所定の位置に置くと、食べ物のカロリーが表示されるというシステムも見せている。これもワイヤレス充電と同じテクノロジーで、コイルとコイル間の電力伝送で情報を読み取る。
また、パビリオンでは水力発電所からの電力を購入しており、CO2を排出しないパビリオンであることを謳っている。駐車場はEVが駐車可能で、無料駐車の代わりにEVが駐車している間、そのバッテリの電力をパビリオンに供給してもらうという契約となっており、EVが暮らしのエネルギーの供給源になりうることを訴求している。
パビリオン内にはシアターが設けてあり、同社のテクノロジーを来場者に体感してもらうコンテンツを用意している。電気自動車レース「フォーミュラE」のレーシングシーンをシアター内の座席の揺れと共に体験するというコンテンツや、ジェスチャー検知を利用したプロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手が打つ時速200kmのサーブを受けたり、ラリーを行ったりする体験を楽しむことができる(大坂なおみ選手とのバーチャルテニス「NAOMI BEATS」を体験するには事前予約が必要)。
また別のシアターでは180本の赤色レーザーをマトリクス状に天井から床に向かって垂直に照射している中を歩くと、人間にレーザーの当たったところが影となって表示されるという仕掛けもある。これはLiDARのイメージング技術を表現する目的のようだ。クルマメーカーにとって、交通事故死をゼロにする「Zero Fatality」を目標に掲げており、そのためのテクノロジーの1つがLiDARである。
電動化と並んで、クルマの大きなトレンドの1つであるコネクテッドカーの未来についてはアニメで表現した。物語の山は、3人家族の男の子の母親が病院で間もなく生まれる赤ちゃんに会いたいのに渋滞にはまってしまった、というシーン。クルマ同士がつながることで、従来のクルマでは不可能であったほかのクルマに乗っている人ともつながり、それが知らない人同士のコミュニケーションとなり、男の子が乗るクルマが渋滞を抜けるウルトラCを生み出す様子を見ることができる。
これまで日産は「技術の日産」であることを訴求してきた。しかし、テクノロジーだけでは明るい未来を開けるかどうかわからない。筆者は今回の取材を通じて5年前、英国ケンブリッジでフレキシブルエレクトロニクスを開発しているスタートアップのNovalia社を取材した時のことを思い出した。その創業者のKate Stoneさんに、あなたの描くテクノロジーの未来はどのようなものですか、と質問すると、創業者は、映画で例えるなら(冷酷な)「マイノリティ・レポート」ではなく、(温かみのある)「メリーポピンズ」や「ハリー・ポッター」の世界を期待したい、と答えた。テクノロジーを楽しくしたい、というポリシーをスタートアップのStoneさんは持っていた。クルマ作りも同様ではないか、という想いを抱いてパビリオンを後にした。