EV(電気自動車)やPHV(プラグインハイブリッドカー)など電気モーターを動力とするクルマが弱点である充電時間が短縮される時期は近い。日産自動車の「リーフ」の最初のモデルやBMWの「i3」など第1世代のEVはバッテリ容量が33kWh(キロワット時)程度で240kmくらいしか走行できなかった。最近発表されたばかりのトヨタ自動車のEVレクサスの「UX300e」は400km走行できるとのうたい文句だが、54kWhという大きなバッテリを積み込んでいる。すなわち、走行距離を伸ばすために電池を大きくしただけ、ともいえる。これはTeslaのEVにも共通することだ。
ところが、バッテリを大容量化すると確かに走行距離は伸びるが、バッテリが巨大な分だけ充電時間も相当伸びることになる。測定器メーカーのKeysight Technologiesによると、60kWhのバッテリを充電するのに従来の50kWクラスのバッテリ充電器なら70分もかかるという(図1)。道路を走行中に充電スタンドに立ち寄っても延々と待たなければならない。スーパーマーケットなら買い物で時間をつぶせるが、充電が主要目的のドライバーにとって無駄な時間となる。
そこで、スマートフォンのように急速充電ができることが望まれている。現在のガソリンスタンドでの燃料補給の時間程度なら許容できる。やはり10分以内になるだろう。そこで、現在の50kW(500V×100A)クラスの充電器をさらに大電力化を図ることになる。Keysightは、急速充電器の大電力ロードマップを描いた(図2)。
50kWの次は150kW(500V×300A)、さらにその上は350~400kW(1000V×350A~400A)、そして900kW(1500V×600A)という大電力の急速充電器が必要となると見ている。測定器メーカーのKeysightは、こういった大電力の急送充電器をテストする測定システムを開発中だ。このほど400kWクラスの大電力を測定評価できるテスター「SL1047A Scienlab」をリリースした。
300Aもの大電流を流すとなるとケーブルが熱くなり、手で持つことができなくなる。このため、ケーブルそのものを水冷する必要があるという。配線の周囲を水冷するためケーブルは太くなる。
一般に大電力化を図るためには電圧を上げて電流をあまり上げないことが鉄則だ。電流を増やすためにはケーブルを太くしなければならないからだ。EVではそのために小さなリチウムイオンバッテリを大量に直列接続して300V~400V程度まで昇圧することが多い。もちろん並列にもつなぎ、ある程度電力を稼ぐことは言うまでもない。発電所からの送電線も最大50万Vと超高電圧にして送るのも同じ理由だ。電力は電圧×電流で表される。電流は断面積すなわちケーブルの太さに比例するため、電流を上げると太くせざるを得なくなる。太い電線は重くなるため、重量を少しでも軽くしたい送電線やEVでは電圧を上げることになる。
電圧を上げるとなると、対応できる半導体は限られてしまう。そこで、この分野にSiC半導体が登場する。SiCはシリコンの10倍の耐圧を持つため、高電圧に耐えられ、しかもシリコンよりも高温に耐える。シリコンで最大のパワーを出せ、使いやすいデバイスはIGBTだが、IGBTは電子と正孔の2つのキャリアを使うバイポーラデバイスであるため、オンからオフへのスイッチングがどうしても遅くなる。少数キャリアがオフになっても抜け切るための時間が必要だからである。これに対しSiCは多数キャリアしか使わないMOSFETであるため、スイッチング時間が短い。このため電荷を蓄積するコンデンサやコイル(大電力分野ではリアクトルあるいはリアクターと呼ぶことが多い)を小さくできる、というメリットがある。実はSiC MOSFETの最大のメリットが周辺部品を小型にできることだ。
そこで、Infineon Technologiesは、SiC MOSFETを使って、EV用バッテリの急速充電システム「INGEREV RAPID ST400」をスペインのパワーエレクトロニクスメーカーIngeteamと共同で開発、実証実験(PoC)に取り組んでいることを発表した。このプロジェクトは2019年10月、スペインのビスケー湾近くの小さな都市、アバント・イ・シェルバナ市内にあるトラック用ドライブインの充電スタンドでPoCが進められている。この充電スタンドでは交通量の多い高速道路A8号線沿いに4台の超急速充電装置(図3)が設置されていて自動車4台が同時に接続できる。「利用可能な電力の最適な分配が実現され、充電開始からほとんど充電力が落ちることなく、スムーズに充電ができる」とプレスリリースで述べている。
このプロジェクトには、充電スタンド運営会社のRepsolと大手充電技術サービス会社IBILも協力している。EVの充電能力によるが、80%の充電が最短10分で可能となり、従来の内燃エンジン自動車の給油時間に匹敵する。
400kWの出力が可能なIngeteamの充電器「INGEREV RAPID ST400」は、Infineonの持つSiCパワーモジュールFF6MR12W1M1_B11を8個搭載している。このSiCパワーモジュールはEasyDUAL 2Bパッケージにハウジングされ、InfineonがCoolSiCと呼ぶ、SiC MOSFETが実装されている(図4)。
FF6MR12W1M1_B11パワーモジュールは、デュアルの1200V、6mΩのSiC MOSFETとNTC(Negative Temperature Coefficient)温度センサを集積している。
Infineon Industrial Power Control(IPC)事業部のプレジデントのPeter Wawer氏は、次のように語っている。「EVが消費者に受け入れられるかどうかは、高効率の急速充電インフラが利用できるかどうかに大きくかかっている。Infineonは、その基盤となる技術を提供できることを実証した」。