LSI上の回路の一部となるIPをライセンス販売するIPベンダーのImagination Technologies(IMG)がグラフィックスIPコアであるPowerVRをクルマ向けに定義し直した「PowerVR Automotive」を立ち上げた。このほど、PowerVRのMarketing担当VPのGraham Deacon氏が来日、その立ち上げ理由やビジネスモデルなどについて聞いた。
ダッシュボードのデジタル化が本格化
これまでのクルマでは、グラフィックスチップはサラウンドビューモニターやカーナビの表示にしか使われてこなかった。いずれの映像もカーナビのモニター上に表示されてきたが、これからのクルマは、タコメータやスピードメータが載るダッシュボード(クラスタあるいはインパネ、コックピットともいう)が液晶表示に変わる。すでに欧州にはデジタルダッシュボードを用いたクルマが走っている。2010~2011年ごろ、ダッシュボードの表示をデジタルに変えようという動きをNVIDIAが提案していたが、普及せず当時は時期尚早であったといえた。
しかし、この1~2年、ダッシュボードのデジタル表示化が進むようになってきたため、グラフィックス表示のSoCを設計するためのIPをIMGが出してきていた。これまでにもルネサス エレクトロニクスやTexas Instrumentsのチップにクルマ用GPUとして入っていたが、グラフィックス表示は今後、ダッシュボードのみならず、左右ドアミラーの映像、HUD(ヘッドアップディスプレイ)プロジェクタなどデジタル表示が豊富になる。
加えて、自動運転にはインテリアとしてのディスプレイも含めてグラフィックス表示が欠かせない。そのため、これからクルマにおけるグラフィックス表示が本格的に立ち上がるとして同社は、新たなブランド「PowerVR Automotive」を立ち上げた。
ハード、ソフト、サポートのパッケージが売り
PowerVR Automotiveの特長は、SoC用の単なるIPを供給するだけではない。グラフィックスIPを通して、プロセスや機能、ハードウェア、ソフトウェアなど必要なテクノロジーすべてを提供する。
そのためのツールやドキュメント、サポートをパッケージにしたソリューションという形をとる。このGPUは、言うまでもなく、自動運転に必要な機械学習やディープラーニングでのニューラルネットワークの演算に使える。このためにNNA(Neural Network Accelerator)もオプションで提供する。クルマ用には欠かせない安全基準を満足するソフトウェアなどもサポートする。顧客がISO 26262とASILレベルのSoCを設計する際のサポートを行う。
クルマ用のグラフィックス表示では、デジタルコックピットなどのHMIからADAS(先進ドライバー支援システム)、さらに自動運転と進むにつれ、安全と信頼性のレベルは上がっていく。そのための表示画素数(Pixels)や、グラフィックスの演算速度(GFLOPS:ギガフロップス)、自動運転に必要なニューラルネットワーク演算性能(TOPS:テラオペレーション/秒)も並行して上げていくロードマップを持つ。
今回、PowerVR Automotiveとしての第一弾は、「PowerVR 8XT-Aコア」だ。この製品は、クルマ専用にフォーカスして開発されたIPで、具体的には信頼性を上げ一時故障からの回復を早める技術としてECC(誤り訂正回路)やBIST(作り付けの自己テスト回路)を追加しているほか、民生用なら不要だったISO 26262認証のSoCをサポートする文書パッケージもそろえている。
IMGの伝統ともいうべき低消費電力化としては、mW当たりの性能を重視しており、電池だけで動く電気自動車にも対応できるように特別な冷却システムは不要としている。このGPU IPでもやはり「電力ファースト」の考えは強い。クルマのような温度環境が厳しい用途で耐えられるように、GPUコアは1W以下にしているという。
仮想化技術でチップ面積削減
このIPには、ハードウェア仮想化技術も搭載している。例えばカーナビのようなインフォテインメント表示と、ダッシュボードの表示を独立して見せることが可能だ。デュアルコアのように独立したGPUコアを集積して2つの画面を表示すると、消費電力とコストが高くなり、フレキシビリティがなくなる。このため、GPUを1つにして仮想化する方法を選んだ。
カーナビ用にはアンドロイドOS、ダッシュボードにはQNXのようなリアルタイムOS(RTOS)を与えることができる。そのためのソフトウェアメーカーとして、QNXの他にGreen HillsやOpensynergy、Codeplay、Rightwareとパートナーシップを組んでいる。例えば、もっとミッションクリティカルな用途にはGreen HillsのOSを使い、ニューラルネットの演算にはCodeplayのソフトウェアを使う。
仮想化はスムーズにできる。元々PowerVRには、細かいMAC演算をすべきタイルベースでレンダリングをしてきた。表示すべきグラフィックス画面をタイルに分割して並列にレンダリングすることで性能を上げ、さらに物体の見えない裏面部分はレンダリングしないように消費電力を下げてきた。ハードウェアの仮想化にはこのタイルを利用して、粒度を調整し、ハイパーバイザによってタイルの粒度を細く制御できるようにしている。これによって小さな面積(すなわち低コスト)でデュアルコアのように見える仮想化を実現した。
IMGは従来のモバイル応用で発展してきたが、中国Spreadtrumの親会社である紫光集団に買収された。現在のIMGのCEOは、Spreadtrumの共同社長でもあったLeo Li氏であり、同氏はGSA(Global Semiconductor Alliance)の会長も務めているグローバルな人間だ。Imaginationは、従来のモバイル応用からクルマやAIの分野へとシフトし、脱Appleでさらなる成長を目指している。