米国の中堅半導体メーカーがカーエレクトロニクスの分野に力を入れている。この最近、Xilinx、ON Semiconductorが相次いでクルマ用半導体に力を入れていることを改めて表明したが、いずれもカーエレクトロニクスといっても違う応用分野に注力する。米国の半導体メーカーは日本と違い、なんでも手掛けるわけではなく、得意なところに専念するため、競合するところが少なく、お互いにコラボやチップセットとしてユーザー(ティア1サプライヤー)に提供できる可能性は高い。
自動車の世界にも浸透するFPGA
FPGAメーカーのXilinxは、これまでもカーエレクトロニクスではADASや自動運転向けの認識処理やデータ処理、デジタル信号処理などでティア1メーカーに製品などを納入してきた。2014年には14社29モデルにすぎなかったが、2017年には26社96モデルを納入してきた。2018年は29社、111モデルを見込んでいる。6月27日にはダイムラー社と提携、認識処理、データ処理にAI(推論)をクルマ側で使用するためにXilinxのFPGAを使うことになった。
FPGAのメリットは、GPUやCPUなどのプロセッサと比べて、低レイテンシ・高スループット設計が可能なことだ、と同社オートモーティブ事業部シニアディレクターのWillard Tu氏は語っている。ディープニューラルネットワーク(DNN)では多入力のデータをバッチ処理するが、入力されるデータの遅れがあった場合、GPUでは最も遅いデータが来るまで待たなければならない。GPUでは積和演算した後に、その結果を多入力並列に出力するのに対してFPGAはバッチ処理するがないため、データは入力されるたびにDNN演算が行なわれ、終わるとすぐに出力される(図1)。
推論からセンサフュージョンまで幅広い用途を狙う
ADAS向けには、クルマの前方や周囲の物体を見分けるために、通常の可視カメラに加え、物体との距離を測るLiDARやレーダーなどのセンサをすべて搭載するようになる(図2)。前後左右の映像を取得し合成するための4台のカメラ、遠くの物体を検出するためのLiDAR、比較的近くの物体を検出するためのレーダー、そして前方を見るためのカメラなどADASや自動運転に必要なセンサの数は多い。
となると、これらのセンサデータからその意味を理解し、さらに応答へとつなげていく必要がある。このデータ処理に使うAIや、演算にFPGAが使われる。AI、特に推論を実行するためのディープラーニングで使うニューラルネットワークの演算では、積和演算(ΣXiYj)が欠かせないが、そこでは従来のDSPのように32ビット以上を基本とする、精度の高い演算はいらない。消費電力を削減するためにも16ビットないし8ビット程度の精度で十分である。GPUは比較的軽いビットの積和演算器を備えているため、ニューラルネットワークの演算に適しているが、やはりAIに適した積和演算器を用意する必要がある。
Xilinxは、2018年3月にAI用エンジンと称して「ACAP」と呼ぶ、ハードウェア/ソフトウェアプログラマブルエンジンを発表しているが、そのコアはDNNに使う積和演算器を大量に並べたプロセッサだとみてよいだろう。ただし、その中身についてXilinxは何も明らかにしていない。
Xilinxは、今後クルマ用のセンサとして、4Dイメージングレーダーが必要になってくると表明している。4Dとは、これまでの距離と方位、仰角に加え、相対速度を意味している。Xilinxによれば77GHzのミリ波を使うレーダーだということから、相対距離を測るためのドップラーレーダーを使う技術であろう。これは走りながら前方の物体との距離や相対速度を測るためにクルマの速度とレーダーの速度の相対的な演算から求める。
4Dレーダーでは、MIMOアンテナと同様の平面アンテナを使い、プロセッサの演算でビームをその物体に集めるためにビームフォーミング技術を使うが、その演算にFPGAのロジックが役に立つ。
買収で事業規模の拡大を進めてきたON Semi
一方、アナログやセンサなどに強いON Semiconductorは、クルマ向けの半導体チップは最新(2018年第1四半期)の売り上げが全社売り上げの32%にも達している。その次が工業用・医療・宇宙防衛などの産業向けが26%となっており、クルマ用にはかなり力を注いでいる。中でもイメージセンサの売り上げが全社売り上げの22%と、大きな部分を占めている。
元々Motorolaのディスクリート部門がスピンアウトして誕生した同社は、アナログICやセンサの会社を買収して競争力のある製品を獲得してきた。
そのかいもあってか、2017年には、メモリメーカーを除く世界の半導体メーカーの中で12位に位置するようになってきた(図3)。2016年にFairchild Semiconductorを買収したことでパワー半導体の売り上げランキングではInfineon Technologiesに続く2位の地位まであがってきた。車載用半導体でもトップのNXP Semiconductor、2位Infineon、3位ルネサス エレクトロニクス、4位Texas Instruments、5位STMicroelectronics、6位Boschに続く7位に来ている。車載半導体の年平均成長率CAGRは2010年から2017年まで30.9%と極めて大きい。
センサフュージョン開発に着手
クルマ用のイメージセンサで断然トップのON Semiにとっての最大の脅威はソニーだ。これまで強かったスマートフォン用のCMOSイメージセンサの車載への進出に力を入れているからだ。高速化、ダイナミックレンジ、高感度化などの性能がソニーの製品は群を抜いている、とべダ褒めするアナリストさえいる。ON Semiにとってはうかうかしていられない。
とはいえ、ON Semiの車載での強みは何と言ってもマイコン以外のほとんどの製品を扱っていることだ。センサ、センサインタフェース、アクチュエータ、パワーマネジメント、ディスクリート半導体、と汎用的でしかもアクチュエータを動かすデバイスの種類が多い。例えばこれからのEV/PHV(電気自動車/プラグインハイブリッド車)、48V系のマイルドハイブリッドなど向けのパワーデバイス、ドライバ、制御インタフェースなどにも強い。
CMOSイメージセンサに対しては、車載用での実績と広いダイナミックレンジの製品だけではなく、クルマそのものがADASに向かっており、それにはCMOSセンサだけではADASの要求を満たさない。76~81GHz帯ミリ波用レーダーシステムとそのインテグレーションとデジタル処理回路への準備も整えているという。レーダーには79GHzでRF CMOS技術を開発、2018年末に長距離用レーダーのめどをつける予定だ。2018年5月にON SemiはLiDARを手掛けるSensLを買収しLiDARを手に入れた。
CMOSイメージセンサとレーダー、LiDARがそろえばADASへの備えは万全となる。加えて、センサフュージョンとその制御アルゴリズムをモノにすることで布陣は磐石となる。センサフュージョンの開発には、すでに着手しており、「車載半導体トップのNXPや2位のInfineonとはセンサフュージョンで差別化する」と同社Automotive Strategy 部門VPのLance Williams氏は述べる。センサフュージョンはXilinxも目をつけており、ここではアルゴリズム開発と制御技術もカギとなることから、ON Semiはこの市場にも期待している。