電気自動車のモーター出力は120kW以上が要求される。これを実現するためには、電源電圧600Vなら電流容量には200A以上が求められる。その用途に要求されるパワートランジスタの性能は、耐圧が1200V、電流容量200A以上である。このような1200V耐圧で100A以上の大きな電流を扱うデバイスとしては、今注目されている、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)がある。これはMOSFET(電界効果トランジスタ)のドレインにさらにp領域を加えて電子と正孔の2つのキャリヤを流すことで抵抗を減らし電流を増やすという半導体デバイスである。

IGBTの構造。アノード側のp+がなければMOSFETと同じである(出所:Wikimedia commons)

もちろん、パワーMOSFETも有力なパワーデバイスだ。ただし、電子あるいは正孔だけというユニポーラのトランジスタであるため、オン抵抗はIGBTよりも高い。

電流が流れ出したら止まらないサイリスタ

IGBTよりも電流・電圧容量が大きいサイリスタというデバイスもある。例えば三菱電機は、耐圧4500V、オン電流1000AというGTO(ゲートターンオフ)サイリスタ製品を持っている。主に電車の制御などに使われている。

しかし、サイリスタは電流をオンしやすいがオフさせにくいという欠点がある。オンさせる時はゲートにパルスを印加するとゲート電圧をゼロにしても電流は流れっぱなしになる。いったんゲートのトリガーがかかるとゲート電圧がゼロでも電流は流れっぱなしになるという性質がサイリスタである。しかしGTOをオフさせるためにはゲートに逆に電流を流さなくてはならない。

サイリスタとトランジスタの違い

GTOサイリスタではない通常のサイリスタ(SCR:シリコンコントロールド・レクティファイヤ)だと、オフさせるためにアノード-カソード間の電圧を逆にして電流を反転させなければならない。転流回路と呼ばれる電圧を逆転させる回路が必要で、大きなインダクタ(リアクトル)を使って逆電圧を発生させるため、回路は大きくなってしまう。そればかりか、応答速度はもちろん遅い。

バイポーラのキャリヤを使うIGBT

これに対してIGBTは、MOSFETと同様、ゲートに電圧をかけているときのみ電流が流れ、ゼロにするとオフになる。高速動作はしやすい反面、電流・電圧容量はサイリスタよりも小さい。とはいえ、電気自動車には十分使えるエネルギーを扱うことができる。例えば三菱電機は、耐圧1200V、電流1000AというパワーIGBTモジュール製品を持っている。これは耐圧600VのIGBTを直列に接続したもの。電流容量は並列接続で得られる。

ただし、MOSFETと比べると、電子と正孔という2つの(バイ)キャリヤを使うバイポーラデバイスの一種でもあるため、オンからオフへ移行させると少数キャリヤの蓄積時間が残ってしまうため、電子だけのキャリヤを使うMOSFETよりはオフ時間が長くなるという欠点がある。

SiC材料はIGBTに向かない

こういったパワーデバイスの基本はシリコン(Si)である。しかしSiの最高温度はせいぜい150℃どまりであり、最高でも175℃程度である。自動車用途では車内は夏には70~80℃にも達する。この状態でさらに電流を流すとSiには残り70~80℃上昇する分の電流しか流せない。このためSiよりも高温に耐える材料が求められている。その1つがSiC(シリコンカーバイド)材料である。

Siの接合温度は150℃程度だが、SiCを使えば300℃~400℃くらいの環境でも耐えられる。しかし、SiCが高温に耐えられるということは逆にSiのプロセスよりもずっと高い温度で接合を形成しなければならない、ということの裏返しでもある。作りにくい訳だ。つまり高価になる。現在SiCは小さな種結晶を使って、その上に結晶面を合わせて気相成長させていく。それも高温では液状にならずにいきなり気体になるという性質から、プラズマ成長法を使って疑似的に高温にし、成長させる。この結果、SiCをたとえ量産できるようになってもSiよりも3倍程度は高くなると言われている。

一方で、SiC材料を使うのならIGBTは向かない。SiC材料のエネルギーバンドギャップはSiの3倍もある。Siの1.12eVに対してSiC結晶は3.26eVと高い。バンドギャップの高い半導体でpn接合を作ると、順方向電圧が高くなる。Siの3倍高い、バンドギャップが大きいということは青色発光ダイオードなどには向くが、電圧ドロップが小さいほど望ましい大電流のパワーデバイスには向かないという皮肉な結果になる。

そうすると、SiCを使ったデバイスにはIGBTではなく、パワーMOSFETあるいはパワー接合型(J)FETが有力になる。MOS型は薄い酸化膜を利用するため絶縁破壊しやすいという弱点がある。JFETはノーマリオン型のため、オフさせるためには負電圧をゲートにかけなければならない。つまり、ゲート電圧がゼロの時に電流が流れ、マイナスの時にオフするため、ドレインのプラス電源に対して、負の電源を設ける必要がある。回路が複雑になるという欠点がある。ただし、その複雑さはサイリスタほどではない。

次回は充電池と充電器について議論を続ける。自動車には100Vコンセントで充電でき、しかも充電時間を短く、充電回数を長くする電池が求められる。