儲けなければブルーオーシャンではない
今回も前回に引き続き、『ブルーオーシャン戦略』をカスタマイズします。本書は、ライバルのいない市場を創造することで、戦わずして勝てる戦略を紹介した書籍で、私のビジネスにおける概念的バイブルです。
ブルーオーシャン戦略を一言で語ると「勝ちやすい市場で勝つ」。商売の極意でもあります。かき氷なら常夏の南の島のほうが売りやすく、鍋物なら北国で展開するほうが有利……でしょうか? 往々にして、そこはライバルがひしめく「レッドオーシャン」です。反対に南の島で熱々の鍋を出し、北国でかき氷を売ればライバルのいない「独占企業」も夢ではありません。地域のチョイスだけで「ブルーオーシャン」を作り出すことができるのです。この項は『ブルーオーシャン戦略』にはない、まるまるカスタマイズです。
今ではすっかり物書きの仕事が多くなった私ですが、2001年の独立後まもなく、ホームページ(インターネット)専業に切り替えました。「ヒルズ族」がメディアを闊歩する前夜で、ネット系企業は渋谷や六本木に多く集まっていました。都心は潜在的な顧客も多く、ここに出向いて旗を立てれば、たくさんの仕事が見込めることは想定の範囲内でした。しかし、この市場はライバルも多いレッドオーシャンでもありました。そこで、私は「足立区」に営業範囲を絞り込むことにしたのです。
同じサービスも市場を変えれば
地元の東京都足立区は23区の片田舎と揶揄されることもありますが、人口67万人と鳥取県よりも多く、中小企業が多く存在します。その一方、当時は地元の企業のホームページの保有率は低く、同業者はほとんどいませんでした。つまり、我が町足立区はヒルズ族に荒らされていない見渡す限りの青い海……湖だったのです。
足立区というと不思議に思われるかもしれませんが、これはソフトバンクグループの創業者の孫正義さんの専売特許「タイムマシン経営」にも通じるものです。彼はアメリカで流行したものを、まだ流行していない日本市場という青い海に流通させるビジネスモデルで会社を大きくしました。海外のSNSブームを受けて日本でパク……ではなく、始めた「ミクシィ」や「グリー」も同じです。
つまり、同じサービスでも戦う市場を変えるだけで、競争のない・少ない穏やかな「ブルーオーシャン」に出会うことができるのです。余談ですが、「ミクシィ」と「グリー」の始まりを知っていると、互いを著作権侵害で訴えている現状はベタなコントを見ているようです。
価格の密集ゾーンを攻略せよ
本書に戻ります。ブルーオーシャン戦略を構築するうえで、以下のような指摘があります。
「顧客が密集する価格帯の範囲内で価格を決める」
「形態は異なるが機能は同じ製品やサービス」もしくは「形態・機能とも異なるが、目的の同じ製品やサービス」から探り当てることで、競争力を持ちながら不要な安売りによる利益損失を避けられるというものです。
これを一言でカスタマイズすれば「お値頃感」です。
会社員時代「5万円パック」という商品を開発しました。B5版の片面1色で印刷したチラシを1万枚新聞に折り込むという販促ツールです。1万枚とは都市部で店舗の徒歩圏を網羅するぐらいの部数で、パートの求人や開店の告知、ちょっとしたセールの案内などに使ってもらうための設計です。
ナゼ5万円か? 一般的な求人誌への出稿料が「5万円」なのです。当時から「不景気」だと騒ぐ声は多くありましたが、それでも「求人雑誌」は存在しており、ならば需要はあるという見立てです。つまり、「形態・機能とも異なるが、目的の同じ製品やサービス」です。
客は納得すれば金を払う
そして、ここから「カスタマイズ」。「お値頃感」の構成要素は「価格」と「納得感」です。
印刷物は注文が入ってから見積もりするのが慣例で、仕様や難易度は当然として、相手の懐具合で価格が変動します。ここから印刷価格に不信感を抱く客は少なくありませんでした。ところが、先に価格を提示することで不信感の入る余地をなくしたのです。当時はどこも打ち出していなかった「定価」により開けたブルーオーシャンです。
さらに「納得感」を「即席麺」で考えてみます。袋入りのものは特売を除いた相場観からすると70円~90円といったところで、お湯を注ぐだけの「カップ麺」は120円~140円です。袋入りは鍋で煮る手間の分だけ安くなっており、その手間を嫌う人にとって価格差は許容範囲となります。つまり「納得感」です。ブルーオーシャン戦略における「価格」とは、安いだけが正解ではないということです。
これは余談ですが、小売業における5万円とは「レジ」に入っているぐらいの金額で、これを自由にできないような店舗は金回りが悪化している「危ない店」だと知る目安としても役立ちました。
会社員こそブルーオーシャン
本書を手に取る読者の大半は「戦略」を知りたい方でしょう。しかし、本書で最も「実戦的」な部分は第8章の「実行を見据えて戦略を立てる」です。特に会社員は必読です。
チームワークが良く協力的な工場と労組が強く会社に批判的な工場があります。より生産性を上げる方法を2つの工場に導入すると批判的だった後者は結果を残し、前者は非協力的になってしまいます。両者の違いは「公正なプロセス」です。
協力的だった工場には生産性を上げる方法だけをレクチャーしました。すると、生産性が上がった分だけ「リストラ」されると疑心暗鬼に陥ります。一方、批判的な工場では生産性を上げる方法を導入する際に、従業員のアイデアも求め、変化が必要な時は十分な話し合いを繰り返しました。つまり、工場全体を「当事者」にしたことが後者の成功を引き出したのです。
カスタマイズポイントは「巻き込む」です。当事者として巻き込んでしまうのです。すると、批判的だった人ほど、協力的になり頼もしい味方になることが少なくありません。特に日本型会議の場では「批判のための批判」を楽しむ人がいます。彼らに頭を下げ、その高い見識から浅薄な自分に助言をくれないかとお願いしてみるのです。
先の「5万円パック」を開発した時、最も抵抗していたのは古参営業マンでした。そこで「あなたが頼りだ」と頭を下げお願いしました。彼がいなければ眼前に広がるブルーオーシャンを泳ぎ切ることはできなかったでしょう。優れた戦略を考えても、実現させなければ「絵に描いた餅」です。
優れたアイデアを閃く人ほど、実現させるのが苦手です。アイデアが優れていると自負すればするほど、周りが動かないことが理解できず、苛立ちが募り空回りするからです。しかし、飛び抜けたアイデアを理解できるのは同程度のセンスを持った人だけ、「天才を理解するのは天才だけ」なのです。だからこそ、実現させるための方法を知っておかなければならないのです。
突然ですが、「ビジネス書カスタマイズ」の連載は今回でひとまず終わりです。そこで最後のカスタマイズ。過去の名著を読み解いていると、共通するものが多いのも真実。
「一冊を暗記するまで熟読する」
実は、これが最も役立つビジネス書の読み解き方です。
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」
8月28日にセミナー