「この話し合いの目的は何だったろうか?」「いつになったら結論が出るんだろうか?」。会議や打ち合わせの場で、こうした疑問を持った経験はありませんか?
議論が前に進まないのは、ファシリテーター(進行役)の技量に問題があるからかもしれません。ましてや、Web会議が日常化した現在において、ファシリテーションのスキルはますます重要になっています。この記事では『会議の生産性を高める実践パワーファシリテーション』の著者、楠本和矢さんにお話を伺い、ファシリテーションを行ううえでのポイントを紹介します。
ファシリテーターのメリットと到達までの道筋
「ファシリテーションとは、事務所内の会議を円滑に進めるだけでなく、顧問先との面談やプレゼンテーションなど、コミュニケーションが必要なすべての場面において有効なスキルです」。そう語るのは、書籍『会議の生産性を高めるパワーファシリテーション』の著者で、HR Design Lab.の代表を務める楠本和矢さんです。
楠本さんはファシリテーターになることのメリットについて次のように説明します。
「メリットは大きく三つあります。一つ目は、人や組織から自分が持っていない新たな知見などを効果的に引き出せるようになること。二つ目は、意見やアイデアといったさまざまな要素を体系立てて整理し、足りない情報を補完できるようになること。三つ目は、多様な意見やアイデアがある中で、合意形成に導くスキルが得られることです」
ただし、こうした優れたファシリテーターには一朝一夕になれるものではなく、二つの段階を経ることが大切だと楠本さんは話します。
①フォロワーとして会議を観察する:一人の参加者としてファシリテーターの言動を観察し、「自分ならこうする」というイメージを持つ。
②サポート役としてファシリテーターを助ける:会議を進めるイメージができたら、良きタイミングでファシリテーターを助ける発言をする。
フォロワーについては会議に参加する誰もが、今日からでも実行できるものです。その際に重要なのは、「自分がファシリテーターだったとしたらどのように会議や打ち合わせを進行するか」を具体的にイメージすることです。
「例えば議論の流れは本当にこれで正しいのか、自分だったらどのような切り口で質問するのかなど、進行役の目線で見ていくとファシリテーションスキルの鍛錬になります」
そうやって自信をつけたら、良きタイミングでサポート役として会議の進行を助けるアクションを行い、段階を経てファシリテーターとして活躍の場を広げていくのです。
ファシリテーションを阻害する要因とその対策
ファシリテーターに至る道筋は見えましたが、一方でファシリテーションが上手く機能せず、生産性の低い会議が少なくない現状があります。なぜ会議が上手く進行できないのでしょうか?
この理由の一つとして楠本さんは、「目的やアウトプットが共有されないまま会議が始まること」を挙げます。
「そもそも、何のために催された会議なのか、その目的が明確でないとアウトプットするものが明確に定まりませんし、それが定まらないと議論の構成を作ることも不可能になります。また会議や打合せの中で出てくる、解釈の幅が広くなりがちな要素について「定義」をしなければいけない場面もあります。それも、目的があるからこそできることです」
目的が共有されない要因として、ファシリテーターの楽観的な見立てが考えられます。この点について楠本さんは「会議の参加者はみんなわかっている『だろう』という思い込みや、知っていて当然という暗黙の了解を過信するあまり、共有すべき情報が伝わっていないことが増えるのではないでしょうか」と話します。
またアウトプットが共有されていないと、会議が延々と続く事態に陥りやすくなります。こうしたことを防ぐために、事前準備を怠らないことを楠本さんは勧めます。
「事前準備とは『議論の構成』を想定することです。すなわちAについて話し合い、その結論を前提としてBについて話す、といったシナリオを、ある程度でいいのであらかじめ組み立てておくのです。"出たとこ勝負"のファシリテーションには、様々なリスクが生じます。アウトプットにつながらない無駄な議論をしたり、ゴールに到達するために必要な議論を割愛したりといった具合です。生産性の高い会議をするために事前準備が必要なのは言うまでもないでしょう」
ただ、準備と言っても長い時間をかける必要はなく、コツさえつかめば3~5分程度で済むようになる、と楠本さん。「議論の構成を考えるのにはコツがあります。すなわち議論にはどのようなタイプのものがあるのかを類型化した、5つのSという議論のモジュールを理解することから始めてください」と続けます。
議論の構成を考えるための「5つのS」
5つのSとは次のものを指します。
・Set(定義):「議論で用いる、言葉の定義を明らかにする」という趣旨の議論です。
・Spread(発散):「あるテーマに関する意見やアイデアを多く出す」という趣旨の議論です。
・Solve(解明):「何かの事象が発生している要因を分析する」という趣旨の議論です。
・Select(選択):「複数の選択肢から、最も適当なものを選ぶ」という趣旨の議論です。
これらを意識していると、例えば「会社で掲げている理念を、このメンバーに浸透させるためにはどうすればよいか?」のようなお題があった時に、次のような思考が働きます。
・「議論のモジュール、共有共有……そういえば、企業理念浸透の目的って、社長が話していたな。それをあらかじめメンバーに伝えたほうがいいな」
・「他にも『定義』ってあったな……このお題の中に、解釈の幅が広がりそうな、曖昧なものはないかな?……そう言えば「浸透させる」というのは、かなり人によって到達点の解釈の幅が広そう。まずは『どうなったら浸透したと言えるか』ということについて定義したほうがよさそうね」
・「解明解明……。そもそもこの活動って昔から会社で展開しているよな。でもなぜずっと理念が浸透しないんだろう?まずはその問題の解明から始めないと、結局アイデアを出しても、元の木阿弥になってしまうかも。よし、その問題の解明から始めよう」
このように議論の前に「5つのS」を意識しておくことで、共有、定義、発散、解明、選択を通して、前提知識の異なる相手とのやり取りも円滑に進めることができるようになるのです。
日頃から、ファシリテーションのスキルを高めるために
ファシリテーションのスキルを高めるために、日頃からできる訓練としては、他者との間で交わされるさまざまな情報について、「健全な疑いの精神を持つことが大切だ」と楠本さんは指摘します。つまり人の意見を何となく聞き流したりわかったつもりになったりするのではなく、冷静な視点で捉えるのです。
例えば会社の上司から、「この企業についての情報をできるだけ早く、さくっとまとめてちょうだい」といったお願いがあったとします。その際、「企業についての情報」とはどんなものなのか、「できるだけ早く」とはいつまでなのか、「さくっととまとめて」とはどのような内容なのかなど、曖昧な表現にはそれぞれが何を意味するのか「共有」や「定義」を行う必要があります。
あるいは、あるアイデアが出た場合、直ちにそれを是として話を進めるのではなく、他のアイデアはないか考える「発散」が必要になるでしょう。その時に必要となるのは、発想を広げるための「切り口」を準備することです。
「切り口というのは、例えばアイデアを広げるためにどんな投げかけをするかとか、理由や要因を突き止めるためにどんなことを聞くかなど、議論の活性化につながる質問のことです。これが議論を効率よく進めるための生命線になるのです」
ファシリテーターに向いている人の条件はなく、訓練すれば誰でもそうなれると楠本さんは話します。また顧問先との面談など、議論の前提知識の異なる相手とのやり取りにこそ、ファシリテーションの技術は活かせるとも指摘します。みなさんも日頃から「5つのS」を意識することで、良いファシリテーターを目指してみてはいかがでしょうか。
参考文献参考文献:『会議の生産性を高める実践パワーファシリテーション』
著者:八鍬 悟志(やくわさとし)
Mikatus(ミカタス)株式会社 Lanchor(ランカー)編集部
複数の出版社に勤めた後、フリーランスライターへ。中小企業や職人を対象に取材活動を展開。2021年にMikatus(ミカタス)株式会社に入社し、税理士向けWebメディア「Lanchor(ランカー)」編集部として活動を開始。Lanchorは、「税理士としての真の価値」を提供することを志す、すべての税理士にエールを送りたいという想いを胸にスタートしたWebメディア。「税理士には日本の未来を切り開く力がある。」をタグラインとして、税理士に役立つ情報や、ビジネスに役立つ情報をさまざまな切り口から発信している。
本記事はMikatusが運営するメディア「Lanchor」からの転載です。