組織全体の生産性を高めるには、リーダーが一人でがんばるよりも、スタッフを巻き込んでいくアプローチのほうが有効です。
スタッフに内省を促し、彼らが自分で設定した行動目標を目指してもらうことで、結果として組織全体の生産性が向上するのです。
特にコロナ禍の昨今、分散(リモート)や非対面(オンライン)など、働くスタイルに大きな変化が生じています。こうした状況下では、自分で目標を考えて到達していく力、すなわち自立力がこれまで以上に求められます。
この記事では、多くの企業・組織をクライアントに持つコンサルティング会社の橋本恵裕さん(株式会社eコンサルティングジャパン 代表取締役)に話を伺い、自立型人材を育てるためのポイントを伺いました。
目標を明確にすることで作業効率を改善する
まずは事例からご覧いただきましょう。
コンサルティングファームに入社して3年目の田辺さんは、見た目はおとなしいイケメンタイプ。静かながらも人の役に立ちたい気持ちが強く、周りからは努力とやり抜く根性を評価されています。そんな田辺さんにより一層の自立を促すのは、同じ会社の先輩である石光さんです。
Case01 若手スタッフに具体的な目標と行動策を示した内省
田辺:石光先輩、僕は社内でもっと信頼されたい、社内で一番のコンサルタントになりたいんです。
石光:田辺さんにとって一番っていうのはどんな状態なの?
田辺:どんな質問にも答えられて、気軽に頼ってもらえる存在になることです。
石光:みんなの役に立ちたいんだね。田辺さんにとって一番のコンサルタントは誰なのかな?
田辺:田部井さんです。
石光:どうして?
田辺:担当するクライアントが最も多く、契約金額も一番だからです。
石光:田部井さんの成績を超えたら、自分が一番になったと見なしていい?
田辺:はい。
石光:それでは、田部井さんが担当するクライアント数と契約総額を把握して、自分の数字との差異を知るところから始めようか。
田辺:はい。
石光:ただ田辺さんも知ってのとおり、うちでは自分で新規の契約を獲得してくることは難しいから、社長に認めてもらって担当するクライアント数を増やしてもらう必要があるよね。
田辺:どうすればクライアント数を増やしてもらえるんでしょうか?
石光:まずは自分で考えてみようよ。
田辺:今の仕事の精度を落とさず、余裕でこなしているように見えれば、認めてもらえるんじゃないでしょうか?例えば毎日、残業をしないで仕事を片づけている姿を見せれば……。
石光:それでは明日から、毎日の残業時間を記録してみようか?
田辺:はい!
ポイントは太字で記載した3カ所です。いずれも、モヤモヤしていたものを数値や具体的な行動に落とし込み、何をすればよいかが明確になるように導いているのです。
この会話の翌日から、田辺さんはさっそく残業時間の記録を始めました。すると効果はすぐに表れたそうです。「時間を意識する」という取るべき行動を明確にした結果、作業効率が高まり残業時間が目に見えて減ったのです。現在も仕事の効率と質を両立させており、この調子で行けば「一番」になるのは遠い未来の話ではないかもしれません。
一歩下がって部下に成長の機会を与える
別の例を見てみましょう。
建築会社に入社して10年目の高柳課長には、顧問先を訪問する際、部下を制してお客様の質問に先に答えてしまうクセがあります。そんな高柳課長が「自分の部下には積極性が足りない」と嘆いています。部長である田村さんは、高柳課長にどのように気づきを与えるのでしょうか?
Case02 部下に任せることで自身の成長にもつなげた内省
高柳:田村部長、どうも私の部下には積極性が感じられません。一度、部下と話をしていただけないでしょうか?
田村:高柳さん、うわさは耳にしていますよ。高柳さんはご自分が部下の成長の機会を奪っているんじゃないか、と考えたことはありませんか?
高柳:……どういうことでしょうか。
田村:部下に成長してほしいと思うなら、お客様と面談する時、一歩下がって部下に話をさせてあげてほしいんです。
高柳:はあ。
田村:高柳さんの責任感の強さは認めています。ただ、今後は若手にも説明の機会を与えてあげて、実践を通して自分たちの改善点に気づいてもらいたいのです。高柳さんのスキルならフォロー役に回っても十分に対処できると思います。
高柳:フォロー役ですか。
田村:そうです。例えばお客様に対して「今日は部下の長岡が説明します。補足は私がしますのでご安心ください」とお断りを入れたうえで、長岡さんに最後まで説明させてあげてください。お客様が理解できたか、こちらの提案に合意してもらえたか、といった確認は高柳さんにフォローしてほしいんです。そして、そのようにできたら〇、まあまあできたら△、途中で口を挟むことが多かったら×をつけるという具合に高柳さんが自己採点して、月次で報告してもらえないでしょうか?部下の成長を見守るとともに、ご自身も部下の育成について気づきを得てほしいんです。
高柳:なるほど、それが部下の成長だけでなく、私自身の成長にもつながるのですね。
先ほどのCase01と同様に、太字の部分では内省を促したうえで、具体的な行動目標を示しています。
この会話を経て、高柳課長はお客様先を訪問するたびに自分の振る舞いを自己採点し、〇印が増えてきたことで自分の変化を感じていると言います。またお客様と面談するたびに部下の話し方が洗練されていくのを目の当たりにして、部下の成長がうれしいと感じてくれるようにもなったのだとか。
高柳課長も部下の若手社員も、共に成長しているのです。
内省とは何か、反省と何が違うのか?
ここまで「内省」という言葉を使ってきましたが、よく似たものとして「反省」という言葉があります。何が違うのでしょうか?この点について橋本さんは次のように説明します。
「反省は『どうして起きてしまったのだろう?』『何が原因なのだろう?』と、主に原因や責任の所在に焦点を当て、『もう起こさないようにしよう』と自分を戒める行為です。それに対して内省は、反省と同様に過去の事実を振り返りつつも、『本当はどういう状態を望んでいるのだろう?』『望む状態になるために自分に何ができるだろう?』とこの先の行動を生み出す行為です。」
内省をする時に、自分を正当化したり周りのせいにしたりせず、起きた問題をまっすぐに見つめると、より本質的な改善につながります。このように振り返りにより改善策を導き出すことで、スタッフがもともと持っている力を引き出すのです。これを通してスタッフ各自に自ら考える力をつけてもらい、取るべき行動を止めない人材に育てていくのがポイントです」
また、内省には能動的な行動が増えるという特徴もあります。人が能動的に動く際、問題が生じた時にまず何から着手すればよいかがわかっていれば、初動に弾みがつきます。内省によって導き出す「具体的な改善策」は、この初動を後押しするものです。Cae01とCase02で取り上げた残業時間の記録や行動の自己評価は、初動を例示したものです。
この点を踏まえたうえで、次のケースをご覧いただきましょう。
将来につながるスキルの習得を目指す
加藤さんは、入社6年目の女性グラフィックデザイナーです。非常に優秀な人物ですが、「今の仕事にやりがいを感じられない」「自分でデザインするスキルよりも、アートディレクション(デザインの方向づけと、出来上がったデザイン案のチェック)のスキルを高めたい」という問題意識を抱えています。同僚である猪狩さんは、加藤さんに対してどんなアドバイスを送ればよいのでしょうか?
Case03 やりがいを失いかけた同僚の目標を再定義した内省
猪狩:加藤さんはどんな目標を持って仕事をしているんですか?
加藤:私は将来、自分の事務所を作って独立したいと思っています。だから自分でデザインするだけでなく、人が作ったものをチェックするスキルも磨きたいんです。
猪狩:今の加藤さんは自分でデザインをする側ですね。今後、何件くらいのクライアントさんに納品すればディレクションする側に回してもらえるか、社長に掛け合ってみてはいかがですか?
加藤:なるほど!そういう手があることに気づきませんでした。勇気を出して言ってみます!
ポイントは太字の部分です。Case01、Case02と同様に、目標を具体化(数値化)することを促しています。
この会話の後、加藤さんは社長と交渉し、3カ月を経て彼女が望んだ役割を担えるようになったそうです。加藤さんは同僚の作成したデザイン案をチェックする側に回ったことで、人に対する考え方や接し方に変化が生じ、これまであまり当てにしていなかった人の力に頼ることを学んだと喜んでいます。
Case01、02、03はいずれも、橋本さんが「内省コンサルタント」として手掛けた企業での実例にアレンジを加えたものです。どの例でも、「本当はどういう状態を望んでいるのか?」を明らかにしたうえで、そこに到達するために目標を数値化したり具体的な行動に落とし込んだりしていることがわかります。これが内省という行為の目的であり、求めるところなのです。振り返ることから得る学びが最も現実的で、最も効果的な成長を私たちにもたらしてくれると言えます。
内省によってスタッフに自立を促すためのポイントを説明しました。
コロナ禍の昨今、分散(リモート)や非対面(オンライン)など、働くスタイルに大きな変化が生じています。こうした状況下では、自分で目標を考えて到達していく力、すなわち自立力がこれまで以上に求められます。
特にリーダーの方にとって、スタッフに自立を促して組織の生産性を高める内省メソッドは、参考になる点が多いのではないでしょうか。
著者:八鍬 悟志(やくわさとし)
Mikatus(ミカタス)株式会社 Lanchor(ランカー)編集部
複数の出版社に勤めた後、フリーランスライターへ。中小企業や職人を対象に取材活動を展開。2021年にMikatus(ミカタス)株式会社に入社し、税理士向けWebメディア「Lanchor(ランカー)」編集部として活動を開始。Lanchorは、「税理士としての真の価値」を提供することを志す、すべての税理士にエールを送りたいという想いを胸にスタートしたWebメディア。「税理士には日本の未来を切り開く力がある。」をタグラインとして、税理士に役立つ情報や、ビジネスに役立つ情報をさまざまな切り口から発信している。
本記事はMikatusが運営するメディア「Lanchor」からの転載です。