テレワークを導入している企業の多くは、コミュニケーションの手段としてビジネスチャットツール(以下、チャット)を用いています。相手の価値観や意見を尊重したうえで、自分の意見を主張するアサーティブコミュニケーションは、チャットでの会話においても有効です。

特に同僚や部下に対して伝えたいことを適切な言葉で伝え、実際に動いてもらうスキルは、多くのビジネスパーソンが必要とするものです。この記事ではアサーティブコミュニケーションについて紹介しつつ、テレワーク時代におけるチャットでの意思疎通のあり方を考察します。

部下を責めるのではなく成長を促す

まずは具体例をご覧いただきましょう。得意先への訪問を翌日に控え、上司の川島さんが部下の松丸さんに話しかけています。

ケース1:得意先訪問の前日

川島:松丸さん、提案書の締め切りは今日だけど、できている?
松丸:すみません、ちょっと遅れていまして……。
川島:見せてくれる?
松丸:ええと、これです。
川島:……まだ半分しかできていないじゃないか!これは明日、お客様に提出する書類だよ?間に合わないなら、早く言ってくれたらよかったのに。
松丸:すみません、間に合うと思っていたんですが。
川島:すみませんって……。この前もそう言っていたよね?次はがんばりますって。
松丸:……はい。
川島:わかった、今回は僕がやっておくから。でもね、このままじゃ困るから、遅れそうな時はちゃんと言ってよね。
松丸:はい、気をつけます。

※参考 特定非営利活動法人アサーティブジャパン

一見すると正しいことを主張しているように思える川島さんですが、実は大きな過ちを犯しています。なぜなら理由も聞かれず、仕事の遅れを一方的に責められた松丸さんは委縮してしまい、川島さんにますます相談しづらくなるからです。

これを踏まえ、ケース1に続く会話をアサーティブに行うと、ケース2のようになります。川島さんが後日、松丸さんに翌月の提案書の作成を頼む場面です。

ケース2:翌月の提案書の作成を頼む時

川島:松丸さん、①午前中のお客様対応、丁寧で良かったよ。
松丸:ありがとうございます。
川島:また新しい提案書の作成をお願いしたいんだけど。
松丸:はい。
川島:このところ締め切りが迫った段階で、まだできていませんっていうのが何度か続いたじゃない?
松丸:はい。
川島:結局、僕が代わりに引き取ってやったんだけど、②僕も自分の仕事がいっぱいで、数字の見落としがあるかもしれないと思ってヒヤヒヤすることがあってさ。松丸さんもせっかく業務を進める力がついてきたのに、相談や報告ができないのは、やっぱりまずいと思うんだ。
松丸:はい。
川島:③相談しづらい理由が何かあるのかな?タイミングがわからないとか、優先順位の判断に迷っているとか。
松丸:自分で何とかしようとして、やっぱり時間がかかってしまうんです。
川島:なるほど、自分で全部やらなくちゃいけないと思ってたんだね。わかった、聞けてよかったよ。④確かに「がんばってやってね」とは言ったけど、僕もフォローが足りなかったかもね。
松丸:……。
川島:⑤提案なんだけど、次回は相談の時間を取るのはどうかな?例えば期限の二、三日前に15分とか30分とか。
松丸:そうしていただけると助かります。

※参考 特定非営利活動法人アサーティブジャパン

ポイントは太字の5カ所です。

①話は肯定的に始める
②相手の行動の結果として生じる問題を説明し、それに対する自分の懸念を言葉にする
③相手の事情や理由を丁寧に聞き出す
④自分の責任にも触れる
⑤相手が行動できる具体的な形にして、自分の提案を伝える

これらを通して松丸さんに対して指摘すべきことは指摘し、そのうえでビジネスパーソンとしての成長を促しているのです。

ここでの目的は、松丸さんに自分の非を認めさせることや自分の正当性を示すことではなく、率直に相談ができる信頼関係を築き、松丸さんが成長していくことです。ところがケース1のような例は、ビジネスの現場で実際に起こりがちです。

このように対面の会話でも間違いを犯してしまうことがあるのですから、相手の表情が見えないチャットでの会話ではより一層、発言に気を配らなくてはなりません。

チャットでは特にアサーティブな伝え方を

先ほどからアサーティブコミュニケーションという言葉を使ってきましたが、ご存じでない方のために簡単に説明しておきます。

特定非営利活動法人アサーティブジャパンの代表を務める森田汐生(しおむ)さんは、アサーティブコミュニケーションを次のように定義しています。

「アサーティブとは『自己主張すること』という意味です。ここで言う自己主張とは、一方的に自分の意見を主張することではなく、相手の意見も聞いたうえで適切に自己表現することを指します。つまりアサーティブコミュニケーションとは、互いの立場を尊重しながら意見を交わすコミュニケーション技術のことです」

アサーティブコミュニケーションでは、次の4点を柱として相手と向き合います。

・誠実:自分にも相手にも誠実・正直である
・率直:遠回しではなくストレートに、相手に「伝わる」言葉にする
・対等:上から目線でも卑屈でもなく、問題解決に向かって対等に関わる
・自己責任:言った責任、言わなかった責任は自分が引き受ける

逆にアサーティブではない会話になってしまうのは、次の3タイプに分類できます。

・攻撃的:自分は正しい、相手は間違っているという立場から、一方的に主張する
・受身的:相手との関係悪化を恐れて意見を言わない、主張をあきらめて自分で引き取る
・作為的:態度や間接的に自分の不満を表現したり、第三者を使って暗に責めたりする

攻撃的な人は自己主張ができるのでコミュニケーションに困っていないように思えますが、実際には人間関係をうまく築けずに悩むこともあります。また、相手のことを考えているように思える受身的な人は、「嫌われたくない」ことが土台にあるので問題解決に進んでいきません。

文字情報の向き不向きを知る

チャットを用いた会話でも攻撃的、受身的、作為的にならず、アサーティブに振る舞うことが重要です。なぜなら特に中途採用が多い企業では、スタッフ間の関係性が築けていない状態でテレワークを始めることも少なくないため、さまざまな誤解が生じやすいからです。

「チャットの文字情報はロジック(論理)を正しく伝えるのには向いていますが、感情を伝えるのには向いていません。例えば困っているとか、悩んでいるとか、何となく嫌だとか、モヤモヤした気持ちというものは文字では伝えにくいのです。そうしたことを考慮せずに用件だけのやり取りになると、お互いの背景情報や裏にある本当の理由が置き去りにされやすく、結果として関係がぎくしゃくしてしまうのです。またロジックだけで人は動くとは限らないので、文字情報には限界があることも認識すべきです」(森田さん)

チャット特有のコミュニケーションエラーの一例を示します。

・用件を簡潔に伝えただけなのに、怒っていると勘違いされた。
・「既読」機能がないので、送ったメッセージがそもそも読まれているかどうかわからない。相手が読んだか確認するタイミングを考えるのがストレスだと感じる。

・「メッセージを読みました」という意味で「いいね」マークをつけたら、その案件についてGOサインを出したと誤解された。

これらには双方の常識の違いによる誤解など、チャットならではの問題が含まれていると森田さんは指摘します。

「文字情報には軌道修正しにくい面があるので、相手が読んだらどう思うかをよく確認してから発信する必要があります。そしてロジックが主である情報伝達が目的の場合はチャットを、感情を含み話し合いが必要な場合はビデオ会議を用いるといった使い分けが重要です」(森田さん)

チャットを使ううえでは、文字の向こうにいる読み手のことを意識することが肝要です。加えて、自分も相手もお互いが納得する結果を求めるためには、自己主張だけでなく相手の言い分にも十分に耳を傾けることを忘れてはいけません。これは上司にも部下にも、そして専門分野が異なる同僚などにも言えることです。

「例えばITを専門とするエンジニアと、データ入力や資料作成に長けている事務員などは、専門分野が違います。だからこそ、お互いが信頼に基づいた協力関係を築くことで、より良い成果を出していけるはず。特にテレワークでは、それぞれが異なる長所を生かし、互いを尊重しあっていく姿勢が求められます(森田さん)

企業の経営者やマネジメントを務めておられる方には「自分はスタッフを引っ張っている」という自負があるかもしれません。しかしアサーティブコミュニケーションの文脈では「自分はスタッフを引っ張っていると同時に、スタッフに支えられている」と考えるべきです。本記事がテレワーク時代のより良いコミュニケーションの一助となれば幸いです。

▼参考文献 特定非営利活動法人アサーティブジャパン

著者:八鍬 悟志(やくわさとし)
Mikatus(ミカタス)株式会社 Lanchor(ランカー)編集部
複数の出版社に勤めた後、フリーランスライターへ。中小企業や職人を対象に取材活動を展開。2021年にMikatus(ミカタス)株式会社に入社し、税理士向けWebメディア「Lanchor(ランカー)」編集部として活動を開始。Lanchorは、「税理士としての真の価値」を提供することを志す、すべての税理士にエールを送りたいという想いを胸にスタートしたWebメディア。「税理士には日本の未来を切り開く力がある。」をタグラインとして、税理士に役立つ情報や、ビジネスに役立つ情報をさまざまな切り口から発信している。

本記事はMikatusが運営するメディア「Lanchor」からの転載です。