本稿ではTexas Instruments(テキサス・インスツルメンツ)のアプリケーション/システム・エンジニアがモーター・ドライバ集積回路(IC)をラボ・ベンチでテストしているときに活用しているヒントとコツを紹介します。このような手法は、エンジニアがモーター・システムの評価とプロトタイプ製作に費やす時間を短縮するのに役立ちます。

今回は1回目として、ブラシ付きDC モーター・システムのデバッグに焦点を当てて説明します。取り上げるトピックを以下に示します。

  • ブラシ付きDCモーターのテスト向けベンチのセットアップ
  • ブラシ付きDCモーターの正常な電流プロファイル
  • ブラシ付きDCモーターの電流レギュレーション方式
  • ブラシ付きDCモーターのパルス幅変調(PWM)入力に関する問題
  • ブラシ付きDCモーター上のコンデンサ
  • ゲート・ドライバ

ブラシ付きDCモーターのテスト向けベンチのセットアップ

電流プローブを準備します。このヒントは、「なぜ、モーターが回転しないのか?」または「なぜ、モーターの回転が不自然なのか?」というような問題を解決するために、ほぼ常に最初に提案するデバッグ方法です。

ブラシ付きDCモーターのトルクは、巻線に流れる電流の関数なので、電流波形を確認すれば、モーターが回転しない理由や回転が異常になる理由を理解することができます。この記事で扱う多くの例では、デバッグに電流プローブが必要です。電流プローブを使用する前に、正しい電流測定を確実に行えるよう、プローブの消磁とゼロ調整を必ず実行してください。

十分な電流を供給できるベンチ用電源を使用します。突入やストールによって生じる大きなモーター電流を駆動しようとするときに、ベンチ用電源の電流制限によって電源レール電圧がクランプされる場合があります。被試験モーターに対して十分に高い電流を供給できるように、電源を選択し、電流制限を設定してください。

ブラシ付き DC モーターの正常な電流プロファイル

モーターをデバッグする際には、想定される電流プロファイルを把握することが役立ちます。図1に、ブラシ付きDCモーターの代表的なプロファイルを示します。ブラシ付きDCモーターでは、初期の通電時に大きな突入電流(起動電流)が流れます。モーターの回転数が上がると、逆起電力(逆EMF)が増加して電流が減少します。逆起電力とはモーターから発生する、端子電圧と極性が逆の電圧です。モーターがストール状態になると、端子電圧をモーター巻線抵抗で除算した値まで電流が増加します。ストール状態は、機械的な障害がある場合や、負荷が上限に達した場合に発生する可能性があります。

  • TIの「DRV8212」によってブラシ付きDCモーターを100%のデューティ・サイクルで駆動したときの電流を示すオシロスコープ画像

    図1:TIの「DRV8212」によってブラシ付きDCモーターを100%のデューティ・サイクルで駆動したときの電流を示すオシロスコープ画像 (出所:Texas Instruments。以下の画像すべて同様)

ブラシ付きDCモーターがドライバに接続されているときに動作がおかしい場合は、モーターを回路から取り外して、ベンチ電源から直接電源を供給してください。

電源に直接接続すると、電流プロファイルは図1のように見えるはずです。電流が図1のように見えない場合は、モーターに問題がある可能性があります。電流が図1のように見える場合は、モーター・ドライバの設定、またはマイコンのファームウェアを確認して、すべてが意図したとおりに動作するようにしてください。

ブラシ付きDCモーターの電流レギュレーション方式

ドライバ機能の設定が誤っているために、動作がおかしくなる場合があります。図2に示されている波形は、突入電流およびストール電流を制限するような電流レギュレーション・レベルをドライバに設定してブラシ付きDCモーターを駆動したときの波形です。電流レギュレーション機能はまさしくこの目的のためにあるのですが、電流レギュレーション・レベルの設定が低すぎると、モーターは回転するための十分な起動トルクを得られない場合があります。

  • TIの「DRV8251A」で駆動したモーターの電流レギュレーションを示すオシロスコープ画像

    図2:TIの「DRV8251A」で駆動したモーターの電流レギュレーションを示すオシロスコープ画像

ときには、電流レギュレーション方式が、モーター・ドライバ入力に送出されるパルス幅変調(PWM)信号と相互作用する場合があります。一般的に、モーター・ドライバは、入力ピンの論理テーブルに従うのではなく、固定されたオフ時間の間、低速減衰状態に移行することで、電流レギュレーションへの応答を優先します。モーター・ドライバのデータシートには、電流レギュレーション方式の動作に関する詳細な仕様が掲載されています。

ブラシ付きDCモーターのPWMに関する問題

図3は、PWM中にブラシ付きDCモーター・ドライバのフル・ブリッジを電流が流れる経路を示しています。一般的に、PWMオフの状態で低速減衰を使用すると、システムの性能が向上します。表1に「DRV8251A」のドライバ論理テーブルを示します。

50%のPWMを用いて順方向に駆動するためには、オン時間中は入力をIN1=1、IN2=0に設定し、オフ時間中はIN1=1、IN2=1に設定します。これにより、電流はロー側の電界効果トランジスタ(FET)を再循環して、モーターはオフ時間中にトルクを維持することができます。

  • Hブリッジの電流経路

    図3:Hブリッジの電流経路

  • 「DRV8251A」のPWM論理テーブル

    表1:「DRV8251A」のPWM論理テーブル

オフ時間中にIN1=0、IN2=0の場合、出力はオフになり、電流はFETのボディ・ダイオードを経由して速やかに電源レール(およびバルク・コンデンサ)へと流れます。そのため、これは「高速減衰」と呼ばれます。インダクタンスが低いモーターの場合、電流はオフ時間中に短時間で0Aまで低下するので、モーターがトルクを失う場合があります。

ボイス・コイルや検流計のような一部のアプリケーションでは、PWMのデューティ・サイクルの微調整が求められる場合もあります。そのようなアプリケーションでは、システムが場合に応じてPWMのオフ時間中に高速減衰を使うメリットがあります。また、電流波形をより適切に制御するために、オフ時間に高速減衰と低速減衰を組み合わせて使用することもできます。

ブラシ付きDCモーターをPWMで駆動するときに起こりうるもう1つの問題は、PWMのデューティ・サイクルが突然に低下することです。これが起きると、ドライバは昇圧コンバータのように動作して、電源レールの電圧をフル・ブリッジまで昇圧する可能性があります。図4に、この動作の波形サンプルを示します。これにより、モーター・ドライバや、電源レール上にある別のICが破損する可能性があります。この電源昇圧の大きさは、負荷慣性と速度に依存します。PWMのデューティ・サイクルをゆっくりと下げるか、回転子が停止するまでモーターを低速減衰状態のままにすれば、電源昇圧を軽減することができます。

  • デューティ・サイクルが100%から50%に低下したときの電源レールの昇圧

    図4:デューティ・サイクルが100%から50%に低下したときの電源レールの昇圧

ブラシ付きDCモーター上のコンデンサ

ブラシと整流子の接点が開閉すると、電磁波ノイズや過渡事象が発生します。ブラシ付きDCモーターのメーカーでは、これを抑制するために、多くの場合、モーターにコンデンサを組み込んでいます。このようなコンデンサには、回転子に組み込まれているもの、モーターの端子間に接続されているもの、モーター端子とモーター筐体の間に接続されているものなどがあります。エンジニアによっては、独自のコンデンサを外部に追加することもあります。

図5は、パワー・ウィンドウ用モーターの内部にあるコンデンサの写真です。このモーターが完全に組み立てられると、コンデンサのリード線とモーター筐体の間に電気的接点が生じます。

  • パワー・ウィンドウ用モーターに内蔵されるコンデンサ
  • コンデンサ、ブラシ、整流子の拡大写真
  • 図5:パワー・ウィンドウ用モーターに内蔵されるコンデンサ(上)、コンデンサ、ブラシ、整流子の拡大写真(下)

ブラシ付きDCモーターがモーター・ドライバで制御されている場合、コンデンサにより短時間で大きな電流が引き込まれます。これは、PWMまたは電流レギュレーションの1サイクルごとに発生します。コンデンサの電流と電圧に関するi=C×dv/dtという式から、コンデンサ電圧が短時間で大きく変化すると大電流が流れることがわかります。この大きなコンデンサ電流により、モーター・ドライバの過電流保護機能や電流レギュレーション機能が作動して、モーター・システムの動作が不安定になる場合があります。

以下のような解決策があります。

  • モーターと直列にインダクタを追加する。
  • ゲート・ドライバのドレイン-ソース間電圧モニタを調整する。これは、ゲート・ドライバの過電流保護機能です。
  • 別のモーターを選択する。
  • コンデンサを外部に追加する場合は、突入時の過渡事象が、モーター・ドライバの過電流保護で使用されるグリッチ除去時間よりも短くなるようなコンデンサ(通常、3nF未満)を選定する。FETが組み込まれている多くのモーター・ドライバはアナログ電流制限回路を備えており、このような過渡電流の振幅が常にFETフル・ブリッジ回路の安全な動作領域に入るようにします。

ゲート・ドライバ

モーター・ドライバは、MOSFET(金属酸化膜半導体の電界効果トランジスタ)を内蔵しているか、または、ハードウェア・エンジニアが独自のMOSFETを駆動できるようにゲート駆動信号を供給します。

内蔵型のMOSFETモーター・ドライバと異なり、ゲート・ドライバには、ゲート駆動信号とセンス信号をMOSFETに配線するという設計上の課題があります。それに加えて、寄生インダクタンスと寄生容量によって発生する過渡電流が電磁干渉に影響を及ぼし、MOSFETやドライバが破損する場合があります。

ゲート駆動信号は、ゲート・ドライバのデバッグ時に最初に確認する項目です。図6と図7に、「DRV8706-Q1」データシートに基づいた正常な信号の例を示します。

  • PWM動作中の「DRV8706-Q1』ゲート駆動信号

    図6:PWM動作中の「DRV8706-Q1」ゲート駆動信号

  • モーター起動中の「DRV8706-Q1」ゲート駆動信号

    図7:モーター起動中の「DRV8706-Q1」ゲート駆動信号

ゲート駆動信号のデバッグに関する最大の助言は、プローブをピンの近くに当てて測定することです。ドライバに不具合が発生したら、ドライバ・ピンの近くを測定してください。最適な測定を実行するためには、プローブのグランドを最も近いドライバGNDピンに接続してください。MOSFETに不具合が発生した場合は、MOSFETピンの近くを測定します。さらに、プローブ測定のループを減らすように心がけます。

図8に、ループ面積を減らすためのチップ/バレル手法を示します。ワニ口クリップ型のプローブ・グランドを長い配線で使用すると、過渡信号がプローブに結合する可能性があります。グランド線の過剰なインダクタンスにより、実際には存在しないリンギングが測定に追加される可能性もあります。差動プローブを使用して、MOSFETのゲート-ソース間電圧やゲート-ドレイン間電圧を直接測定することも検討してください。差動プローブは特に、ハイ側のゲート駆動信号をデバッグする場合に役立ちます。

  • チップ/バレル測定手法

    図8:チップ/バレル測定手法

ゲート・ドライバにさらにデバッグが必要な場合は、チャージ・ポンプのピンにプローブを当てます。多くのゲート・ドライバは外部にチャージ・ポンプのピン(VCP、CPH、CPL)を備えていて、これらはコンデンサに接続されています。チャージ・ポンプは、ハイ側のMOSFETにゲート駆動電圧を供給します。ゲート・ドライバには、チャージ・ポンプ信号とゲート駆動信号に関連する追加の障害モードがあります。

また、TIの「DRV8770」のような一部のゲート・ドライバは、ハイ側のゲート駆動電圧を供給するためにブートストラップ・アーキテクチャを採用しています。この場合、ブートストラップ・コンデンサが接続されている位置にプローブを当てます。

まとめ

適切なベンチ用機器を準備してモーターの挙動を理解することが、ブラシ付きDCモーター・システムをデバッグするための重要な出発点です。モーターの動作がおかしい場合、私はモーター端子の電圧と電流に注目します。それらの信号がおかしく見えたら、モーター・ドライバの電源、入力信号、および機能設定を確認します。さらに、ベンチ用機器を再確認して、使用している電流制限、サンプリング分解能などの設定が適切であることも確認します。

次回は、ステッピング・ドライバのデバッグに関して、モーター・ドライバをベンチでテストするときに評価を迅速化して安全性を保つためのヒントを提供いたします。

著者プロフィール

James Lockridge
Texas Instruments
システムエンジニア