前回に引き続き、オバマ・スピーチとNLPプレゼンテーションの話。前回は聞き手との信頼関係(ラポール)を作るためのペーシングというテクニックを紹介した。
先日NHK教育テレビの「めざせ!会社の星」という番組を見ていたら、合コンでペーシングが使えると紹介されていた。初対面同士が、共通の話題を見つけたり、話し方、しぐさ、感情を合わせることにより、無意識のうちに親近感を感じることができるそうだ。なんという偶然! と思っていたら、番組の監修者が今回のセミナー講師の二階堂さんだった。これも何かのめぐり合わせだろうか。
さて、オバマの演説にはストーリーが多く含まれているのにお気づきだろうか。たとえば老人介護政策の話の前に、自身のデイケアサービスの体験の話をするといったようなものだ。このように話し手自身の実際の体験談は説得力があり、また聞き手に自分の過去の経験とダブらせ、とても心に響くものになるそうだ。
これをNLPでは「ストーリーテリング」という。ストーリーを語るというのはあなたの思う以上に効果がある。神話のプロットに共通するパターンに「英雄の旅」というものがあるのをご存知だろうか。旅立ち→試練→帰還からなるこのパターンは人の心に響く物語の形式であり、現代の映画のプロットにも多用されているという。スターウォーズしかり、プロジェクトXしかりだ。
これをビジネスに応用するならば、上司は部下から相談を受けた際に「こうすればいいんだよ」と直接の回答を与えてはいけない。「俺もそうだったよ、昔な、こういうことがあってな、こんな苦労もしたけど、最後にはうまくいったさ」などと、英雄の旅の形式で過去の経験を語ればよいのだ。きっと部下の潜在意識に影響を与えることができるだろう。
一方で、酒の席でぐだぐたと昔の成功体験の話をする上司というものは、いつの世も部下からは嫌われるものだが、これはおそらく部下との間にラポール(信頼関係)が築けていないためだと思われる。信頼する上司の成功体験は神の宣託のごとくありがたく感じるものだ。
セミナーの最後のパート「アンカリング」へ移ろう。これは聞き手の過去の成功体験を呼び起こすこと。オバマはアメリカ人の建国以来の成功体験を思い出させるような話を演説に巧みに組み入れることで、聞き手に「自分たちはやればできるんだ」という感情を呼び起こすことができている。
また、オバマは"Yes, we can."を連呼することで、新たなアンカー(いかり)を聞き手の中に作りだすことにも成功している。"Yes, we can."と聞くと、オバマの演説で高揚した群集の姿を思い出した人、あなたの心にはアンカーができている。
もっとも、アンカリングは初心者にはなかなか難しいテクニックなので効果的な使い方まではわからない。せいぜい、部下に「俺達はやればできるさ!」と連呼でもしてみようかな…。
セミナーの内容をまとめると、効果的なコミュニケーションのポイントとしては、まずペーシングをして信頼関係を構築した後、望ましい状態にリードするようにアドバイスをすると良いというものである。
NLPはまったく新しいことを謳っているのでなく、日常生活の中でも実は知らず知らずのうちに使っている。今回の講師のお二人の著書『聞き手を熱狂させる!戦略的話術~オバマに学ぶNLPプレゼンテーション~』(廣済堂出版)によると、NLPには「前提」と呼ばれるテクニックがあり、これは相手の無意識に働きかけることができるという。
たとえば、「ますますのご活躍を期待しています」と言うシーンを考えてみよう。こう言われると現在も活躍していることが前提となるため、相手は良い気分になるというわけだ。
また、「あなたは英語をマスターできる能力を持っていることに気づいていますか」と言われるのと、「あなたは英語をマスターできる能力を持っています」と言われるのとでは、前者は英語をマスターできる能力を持っていることは前提となっているため、それについては抵抗なく受け入れることができる。つまり「気づいていますか」と言うことにより、相手に前提を与えることができる。使い方によっては恐ろしいテクニックだ。
ほかにも私自身の経験だが、昔、英会話スクールを見学したとき、スクールの人から藪から棒に「支払いは一括にしますか、分割にもできますよ」と言われたことがある。こう言われると契約することが前提になる。これも本書によれば「前提」のテクニックだ。当時はもちろん「契約するとは言っていませんよ」とかわし、相手の術中にはまりはしなかったが。
「上京アフロ田中」(週刊『ビッグコミックスピリッツ』連載)という人気漫画にこんなシーンがある。田中は披露宴での友人スピーチの原稿を考えている。冴えない新郎新婦なので褒める言葉が思い浮かばず苦労する田中。先輩のアドバイスにより、まずは正直に書いてみて、それをいい意味の言葉に置き換えてみる。すると「ケチで優柔不断な男」が「金銭感覚に優れており、慎重に物事を進める男」と素晴らしい人間に変わり、田中は感動する。これもNLPでは、物事の見方、枠組み(フレーム)を変えるという「リフレーミング」というテクニックであることを本書で知った。
NLPは奥が深そうだ。興味を持たれた方は前掲の『戦略的話術』を読むことをお勧めする。
著者紹介
本多義則 (Yoshinori Honda)
日立製作所勤務のIT系研究者。10年前に趣味と実益を兼ねて英語学習を再開以来、アナログからデジタルまであらゆるツールを駆使して英語学習に励んでいる。職場では「英語ができる男」と見られているが、実はそうでもない真の実力との差を埋めるべく、英語学習をやめられなくなっている。休みの日の朝は英語のメルマガ執筆にいそしむのが習慣。取得した英語関連の資格は、英検1級、TOEIC955(瞬間最大風速)、通訳案内士(英語)。座右の銘は「あきらめない限り必ず伸びる」。著書に『伸ばしたい!英語力―あきらめない限り必ず伸びる』