今回の選書
商機を見いだす「鬼」になれ 中国最強の商人・温州人のビジネス哲学(郭海東/張文彦 著 原口昭一/永井麻生子/趙麗娜 訳) 阪急コミュニケーションズ
選書サマリー
ヨーロッパにユダヤ人がいるように、中国にも商売に秀でた一群がいる。それが、浙江省温州市(せっこうしょう・おんしゅうし)の出身者たちだ。
「温州」という名称は、地名にとどまらず、一種の文化、精神を象徴する言葉だ。人々が「温州人」と口にするとき、そこには成功、富、頭脳と同じ意味合いが込められている。
今日、中国人の目には「温州人」こそが最もグローバルな視野と卓越したビジネスセンスを持ち、それでいてもっとも身近な存在として映る。
商魂たくましい温州人にとっては、この地球そのものがマーケットだ。そこで、彼らが恐れるものは何もない。恐れを知らない彼らは、数々の成功物語を生み出している。
「鬼」のように頭が切れる温州人は、中国だけに留まらず世界のビジネスの舞台でも次々と偉業を成し遂げ、後世に残る奇跡をつくり出している。
温州人は、他の中国人とはひと味違った素質と能力をもっているのだ。たとえば「昼は社長として切り盛りし、夜は事務所の床に寝ることも厭わない」忍耐強さだ。
また「チャンスがあればつかみ、なければつくり出す」というマーケットを見抜く目、「隙間さえあれば発芽して、太陽の光で生長していく」という生存能力も兼ね備えている。
さらに「どこだろうと金の鼓動から生まれるにおいを嗅ぎ分ける」という、鋭い嗅覚を持っている。温州人は一人ひとりが素朴な経済学者なのだ。
彼らは、ジャック・トラウトの「ポジショニング戦略」は知らなくても、それを実践できる。たとえば「雑貨などの小さな商品に特化して他と差別化を図る」など、ポジショニングを実行している。
また『ブルー・オーシャン戦略』を読んだことはなくても「差異あるところ、マーケットあり」という信念をもち続けている。
このように、温州人は自ら本物の起業精神、経営手段、金銭感覚で素朴な経済学の原理を貫き、ビジネス史における神話を、ひとつまたひとつと、つくり出しているのだ。
市場経済でもっとも肝心なのは、先手を打ち、誰よりも早くチャンスをつかむことだ。温州商人は機を逃さず、迅速かつ勇敢にビジネスチャンスをモノにしてきた。
政治闘争に明け暮れていた文化大革命当時、温州人は世の風潮に流されず、自分で小さな商売を始め、新たな活路を見いだすことに情熱を燃やしていた。
たとえば、温州に多くの「養蜂村」が現れた。当時、政府は農業の発展に力を入れており、農家は安く鉄道を利用できたのだ。そこで彼らは蜂を飼いつつ、別のビジネスチャンスを見つけた。
制度の隙間を見つけた彼らは、移動するかたわら、空いた巣箱にブドウやタバコ、茶葉を運んで売った。こうして、温州の養蜂業者は「一石二鳥」の商売を続け、瞬く間に富を蓄えたのだ。
何事も他人や周囲の環境のせいにして「世の中は不公平で自分には能力があるのにチャンスがない」などと不平不満を並べる人がいる。だが、チャンスは誰にでも平等に降り注いでいる。
ただ、チャンスがつかめるのは、自らそれをつかもうとする人間だけだ。市場では、絶対的なゼロリスクはありえない。もちろん「棚から、ぼた餅」というようなラッキーもありえない。
マーケットは、スピードが命だ。100%の自信はなくても、70%程度の成功率なら一気に進めばいい。残り30%は冒険だが、それで十分だ。100%を待てば、チャンスは通り過ぎてしまう。
温州人が成功できたのは、他人が怖くて手を出せなかったり、考えもつかなかったことをやってきたからだ。温州人の経営センスは、度胸だけでなくチャンスを逃さない眼力にも裏打ちされているのだ。
選書コメント
中国、中でも浙江省温州市出身の人たち、いわゆる「温州人」たちの事例から、ビジネスチャンスのつかみ方や、経営ノウハウ、そして経営哲学を学びます。
「温州」と言われても、日本人には、あまりなじみがないと思います。しかし、中国の人たちにとっては特別な意味があるようで「成功」「富」「頭脳」を連想させるそうです。
本書は、そんな温州人たちのビジネスを紹介し、そこから成功法則を導き出します。日本のビジネス誌には、登場しない、中国の小さな会社や、個人の工夫と格闘が描かれます。
本書には、とにかくたくさんのユニークな事例が登場します。これを知るだけでも十分面白く、知的好奇心が満たされますし、ビジネスのヒントにもなります。
そこから、彼らの商魂のたくましさをうかがい知ることができます。「北京五輪」から「韓流ブーム」まで、使えるものはとことん利用します。豊かになった私たちが、忘れたものが見つかります。
もちろん、単なる事例の列挙ではありません。そこから、誰もが参考にできる、普遍的な法則や哲学を導き出し、ノウハウとしてまとめてくれています。
と言っても、決して堅苦しい経営書ではありません。「食事で商機をつかめ」「めんどりを借りて卵を産ませよ」「将軍になりたいと思う兵士たれ」など、ビジネス哲学を教えてくれます。
ビジネス書の邦訳といえば、アメリカ発が一般的ですが、小さな会社や、起業まもない人には、スマートなアメリカ流よりこちらかもしれません。一読をお勧めします。
選者紹介
藤井孝一
経営コンサルタント。週末起業フォーラム代表。株式会社アンテレクト代表取締役
1966年千葉県生まれ。株式会社アンテレクト代表取締役。経営者や起業家という枠にとどまらず、ビジネスパーソン全般の知識武装のお手伝いを行うべく、著作やメールマガジン、講演会、DVDなど数々の媒体を活用した情報発信を続けている。著書にベストセラーとなった『週末起業』(筑摩書房)はじめ、『かき氷の魔法』(幻冬舎)、『情報起業』(フォレスト出版)など。
情報提供: ビジネスパーソンの情報サイト「ビジネス選書&サマリー」