クラウドからイメージするもの
現在、インターネットを介して提供される個人向け、企業向けのさまざまな無償/有償サービス、および公的なサービスには、必ずと言ってよいほど「クラウド(Cloud)」が関係しています。
クラウドと同様にバズワード化している感がある「人工知能(Artificial Intelligence: AI)」的なものもまた、その背後には間違いなくクラウドが存在します。クラウドと聞いて、文字通り、“雲の上にある(空の向うにある)何かしらの存在"をイメージする人は多いでしょう。
利用者側から見れば、その出力物であるサービスを利用できさえすれば、クラウドがどこにあって、どのような仕組みで動いているのか知る必要はありません。その意味では、雲のイメージはしっくりきます。また、単に同じ雲を意味する「ウェブ(Web)」を言い換えただけだと言う人もいるかもしれません。残念ながら、一部ではそのような単なる言い換えに過ぎないこともあるようです。
アプリやサービスを利用するエンドユーザーにとっては、目的のものを利用できれば、それでも十分です(本当にクラウドなのかそうでないのかを含め)。しかしながら、クラウドをビジネスに利用しようという場合は、その理解では不十分です。
“流行りものだからクラウドでやる"と安直に決定してしまうと、適切な応答性が得られなかったり、従来型のシステムよりもコストが高くついたり、あるいはそのプロジェクトそのもものが失敗に終わったりすることになりかねません。読者と認識を揃えるため、一般論としてのクラウドとは何かを次回に説明することにします。
今回は、クラウドの登場から現在まで、クラウドの普及と技術的な進化を含む、筆者がイメージするクラウドの姿をイラストにしてみました。この図に基づいて、クラウドが登場した当時から現在までを簡単に振り返ってみましょう。なお、この図を裏付けるデータがあるわけでもありませんし、横の時間軸も筆者の想像の範囲を超えるものではありません。
クラウドの登場、利用者の拡大、技術的進化
クラウドが登場したとき、それはインターネット上の利用者をターゲットとしたWebアプリやサービスを開発、提供する、先駆的なIT企業によって、開発環境およびサービスのプラットフォームとして積極的に採用されました。スマートフォン向けのゲームアプリ開発がよくわかる例です。
クラウドの提供者、特にグローバルに展開する大手のクラウド事業者は、自社のクラウド基盤に多くを投資でき、それを非常に多くの利用者に提供できるため、規模の経済が働き、低コストでサービスを提供できます。
クラウドの利用者側(エンドユーザーではなく自社のサービスを開発・提供する側)は、ハードウェアを調達するための時間やコストをかけることなく、すぐに開発環境を手に入れ、さらに需要に応じたスケールで開発したアプリやサービスをエンドユーザーに提供できます。
その後、ハイパーバイザーの登場と進化、それに足並みをそろえたハードウェアの進化(特にプロセッサの仮想化機能やハードウェアオフロード技術)により、クラウドのリソースの集約度は高まり、クラウド上に自由度の高い仮想マシンを作成、実行できるようになりました。
ハイパーバイザーベースの仮想化技術は、企業内でも積極的に利用されるようになりました。クラウドもまた、安全な接続を通して企業ネットワークを延長する形で、仮想マシンの実行場所として利用できるようになり、一般の企業や組織での採用も増えてきました。
現在では、高いセキュリティ基準を要求する企業や組織でもクラウドが利用されてきています。また、最近ではコンテナ技術やAI、IoT(モノのインターネット)といった新しい技術が、新たなビジネス分野の開拓を推進しようとしています。第4次産業革命とも言われている分野です。
クラウドが登場した当時、クラウドを利用することによる、プライバシーやセキュリティ、ネットワークレイテンシ(遅延)、各種法規制などを心配して、利用に二の足を踏んだ企業は多いはずです。
もし今でも、根拠なくそのような心配をしているのなら、考えは間違っているかもしれません。それは、高いセキュリティ基準を要求するような企業や組織がクラウドを利用していることからも分かります。
クラウド事業者は、これらの分野に多くを投資してきました。プライバシーやセキュリティは、最先端のセキュリティ対策と常時モニターによって、自社で実装するよりも高度に保護されています。
例えば、マイクロソフトはインターネットからMicrosoft Azureのリソース(パブリックIPv4/v6アドレス)に対する分散型サービス不能(Distributed Denail of Service:DDoS)攻撃に対して、同社の他のオンラインサービスを保護するものと同じ軽減策を用いて保護する機能の一般提供を開始しています。
DDoS Protection Basicサービスというこの機能は、追加コストなしで標準で有効になります。これはクラウドのセキュリティ対策を示す、最近あった1例に過ぎません。
Microsoft Azure、Amazon Web Services(AWS)、Google Cloud Platform(GCP)といった大手のクラウド事業者は、コンプライアンスやセキュリティに関するさまざまな基準への対応や認定取得を進めており、日本国内にリージョンを開設してレイテンシの改善や国内の法規制に対応できるように対処しています。
Microsoft Azureの誕生からこれまで
Microsoft Azureは2008年に発表され、2009年末までの評価期間を経て、2010年1月にサービスの一般提供を開始しました。Windows Azureと呼ばれていたサービス開始当初は、8つのデータセンター(DC)で提供されるPaaS(次回説明します)を、世界21か国で利用可能でした。
現在は世界全域の50のリージョンで提供され、140カ国から利用可能(2018年5月1日現在)です。提供されているサービスの数は、数え方にもよりますが、プレビュー版を含めると180を超えています(以下のAzure製品の一覧の数)。
Microsoft Azureだけでなく、クラウド全般に言えることですが、日本におけるクラウドへの注目は2011年3月11日の東日本大震災で一気に高まりました。被災自治体のWebサイトにあったスケールの問題が、クラウドを利用したミラーサイトで素早く解消しました。
情報提供や安否情報の交換といった、緊急性の高いさまざまなサービスがクラウドを利用してすばやく提供されました。首都圏では計画停電などもあり、事業継続計画(Business Continuity Planning:BCP)の実装手段としてもクラウドが注目されました。
Microsoft Azureでは、2014年2月に東日本と西日本の2リージョンが国内に開設され、データを国外に置かないという法規制や企業内要件を満たしながら、国内だけで地理的に離れたDC間での災害対策が可能になっています。
BCPは地震や火災や大規模停電だけでなく、経験したことのない局地的な自然災害や新型インフルエンザなどのパンデミック対策としても重要ですが、二次拠点へのバックアップ、DCの二重化、代替オフィスの確保など、自社内で実装するには設備コストや平常時(コールドスタンバイ)の維持コストが導入を阻む大きな壁になります。
しかし、利用に応じた課金で使用でき、柔軟に利用規模を拡大縮小できるクラウドは、渡りに船であり、Microsoft Azureはそのためのサービスが充実しています。
山市良
Web媒体、IT系雑誌、書籍を中心に執筆活動を行っているテクニカルフリーライター。主にマイクロソフトの製品やサービスの情報、新しいテクノロジを分かりやすく、正確に読者に伝えるとともに、利用現場で役立つ管理テクニックやトラブルシューティングを得意とする。2008年10月よりMicrosoft MVP - Cloud and Datacenter Management(旧カテゴリ: Hyper-V)を連続受賞。ブログはこちら。
主な著書・訳書
「インサイドWindows 第7版 上」(訳書、日経BP社、2018年)、「Windows Sysinternals徹底解説 改定新版」(訳書、日経BP社、2017年)、「Windows Server 2016テクノロジ入門 完全版」(日経BP社、2016年)、「Windows Server 2012 R2テクノロジ入門」(日経BP社、2014年)などがある。