企業がさまざまな業務の自動化を進めていくなかで、アプリケーションや自動化ワークフローの開発・導入・定着化 に市民開発者が果たす役割は大きい。そこで第3回では、自動化の取り組みにおいて近年その存在感が増している「市民開発者」について解説する。
「市民開発者」とはどのような人たちか
市民開発者とは、IT部門に属さずに自分たちが使うシステムやアプリケーションの新規開発や機能拡張を行う、「ビジネス部門の開発者」である。状況に応じさまざまなツールを活用して使いやすいように改良や機能拡張を加え、ときには新規に開発することもある。
従来、社内で使うシステムを改良したり、機能拡張したりしようとすると、システム開発会社などに依頼するのが一般的だった。そんな企業の従来のシステム開発体制を内製化するにあたり、登場したのが市民開発者だった。
市民開発者の多くはビジネス部門のプログラミング未経験者である場合が多いが、ひとたび開発をマスターすれば現場視点で使いやすいシステムを構築できるという側面もある。市民開発が、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の足がかりになると期待されている。
なぜ「市民開発者」が必要なのか
今、多くの企業において人的資本の有効活用などを目指し自動化のニーズが高まるなか、市民開発者の重要性も高まりつつある。自動化の取り組みではスピード感が求められるが、先述の通り、システムやアプリケーションの開発が「外部のシステム開発会社頼み」では、スピーディーに開発・導入できない。
また、市民開発者がビジネス部門所属であることの意義も大きい。実際に日々業務を担当し、プロセスを深く理解している現場の人材だからこそ、業務上本当に必要な「かゆいところに手が届く」自動化ワークフローを開発できるというメリットもあるのだ。
従来、企業の現場では「IT部門が仕様を決めたシステムを、ある日突然使うように命じられる」ことが少なくなかった。「上から降ってきたようなシステム」を自分たちのシステムとして使い続けることは簡単ではないだろう。
その点、市民開発者による草の根の自動化推進は、現場の従業員が自らが手を動かし、自分たちにとって負荷が高い業務から自動化することができる。また、若手のOJTの一環として業務自動化を体験させ、理解を深めさせている企業もある。こうすると、自分ごととして業務改善に取り組み成果も出すことができるので、モチベーションも高まる。
このような流れで、市民開発者という存在自体への知名度や関心も高まりつつある。前回でも少し触れた、日本を含む世界で行った調査では、8割近くの人が、自分自身のワークライフバランスを改善するために「市民開発者」になることに関心を寄せていることがわかった。
日本での「市民開発者」の可能性とこれから
今後、企業に求められるのが市民開発者の支援体制の強化である。
具体的には、まず市民開発者が使う開発ツールの標準化を行う必要がある。自動化ツールを企業内に浸透させていくには、ある部門から別の部門へと広げていくが、その際、部門ごとにバラバラの開発ツールで自動化システムを作り上げていては連携に手間がかかってしまう。
また、自動化ツールを使う部門からの操作や機能に関する質問を受け付けたり、サポートしたりするにはIT部門がそのツールを熟知していなければならない。
そこで、自動化ツールやマニュアルを標準化し整備することで、企業において市民開発者が開発しやすい環境を整えることが大切となる。
さらに、市民開発者のスキルアップの支援も重要だ。「業務時間外でスキルアップ」ではなく、市民開発者が自身の業務時間内でスキルアップを図れるように、会社側と交渉して体制を整備することが必要だ。
市民開発者になるための資格を独自に整備して取得を支援するほか、希望者向けの勉強会を定期的に開催したり、社内のSlackやTeams上でサポートコミュニティを立ち上げたりするなど、育成につながるサポートを開発者の日常業務の中に組み込む必要がある。
ベンダー自身がeラーニングを提供していることもあるため、そうした情報資産を活用した従業員自身のキャリアにおけるリスキリングも重要なポイントとなる。
もう一つが、開発された自動化ワークフローなどの「開発成果物」の管理である。この管理を曖昧にしてしまうと、ある部署のある人が(半ば勝手に)作った自動化ワークフローが「野良ロボット」として企業内に存在することになってしまう。
もし、業務効率化に大きな役割を果たしているにもかかわらず、企業内で作った人しか状況を把握していない野良ロボットが、機密情報の漏えいなどの原因となった場合、責任の所在が非常に複雑化してしまう。状況をコントロールするため、野良ロボットが使われていないかどうかを、管理・統制ツールなどを活用して可視化していく必要もある。
すでに、さまざまな企業の市民開発者が集まるオープンな開発者コミュニティは盛り上がりを見せており、自動化の「民主化」の機運は各企業内に「閉じた」ものではなくなっている。企業側も「開発もできるユーザー」にこそ可能な、草の根の業務改革がもたらす成果に期待を寄せている。自動化においては、市民開発者の存在感が一層増し、民主化が進んでいくだろう。
著者
UiPath株式会社 プロダクトマーケティング部 部長 夏目 健
UiPath株式会社 プロダクトマーケティング部 小林恵衣美