米国航空宇宙局(NASA)は2022年11月16日、有人月探査に向けた無人試験ミッション「アルテミスI」の打ち上げに成功した。
アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月探査を目指す「アルテミス」計画。その目的とは? 計画のかなめとなる巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と有人宇宙船「オリオン(オライオンとも)」とは? そしてアルテミス計画にとって最初の第一歩となるアルテミスIミッションとは? 人類がふたたび月に舞い降りるまでの計画と、その後の構想とは? アルテミス計画の全貌に迫る。
・連載第1回:競争から協力、行って帰ってくるだけから滞在……「アルテミス」計画とは?
・連載第2回:アルテミス計画の実現を叶える、巨大ロケット「SLS」と「オリオン」宇宙船
・連載第3回:最も長く遠くまで飛び、速く熱く帰ってくる - 史上初だらけのアルテミスI
2025年、人類ふたたび月に立つ
アルテミスIが無事に成功すれば、2024年5月以降には次のミッション、「アルテミスII」の実施が計画されている。
アルテミスIIは、オリオンに4人の宇宙飛行士が搭乗し、SLSで打ち上げる。オリオンもSLSも、宇宙飛行士を乗せて打ち上げるのはこれが初めてとなる。
搭乗する宇宙飛行士はまだ決定されていないが、NASAとカナダ宇宙庁(CSA)の宇宙飛行士から構成されるという。
打ち上げ後、オリオンは地球を回る高軌道に乗る。遠地点高度(地表から最も遠い点)は約2900kmにもなる。さらにその後、SLSの第2段の2回目の燃焼で、遠地点高度約11万kmというさらに高い軌道に入る。このあと、オリオンはSLSの第2段から分離。宇宙飛行士は宇宙船の各種機能の点検を実施するとともに、将来のミッションに備え、分離したSLSの第2段機体を月着陸船に見立て、ランデブーする試験も行う。
そしてすべての準備が整ったのち、オリオンのスラスターを噴射、月へと向かう。ただし月の周回軌道には入らず、月の裏側を通ってUターンして地球に帰ってくる。これを「自由帰還軌道」と呼び、放っておいても自然に地球に帰ってくることができるため、万が一月へ向かう軌道に乗ったあとにトラブルが起きても、宇宙飛行士が漂流する心配がない。打ち上げから帰還までのミッション期間は約10日間が予定されている。
そしてアルテミスIIも無事に成功すれば、いよいよ「アルテミスIII」によって、人類は1972年のアポロ17以来約半世紀ぶりに月へ降り立つことになる。
アルテミスIIIでも4人の宇宙飛行士が搭乗し、まず地球を回る軌道へ打ち上げられる。そして各種機能の点検ののち、月へ向けて軌道を離脱。月に接近した際に、アルテミスIと同じようなパワード・フライバイを行ったのち、「Near Rectilinear Halo Orbit(NRHO)」と呼ばれる、特殊な月周回軌道に入る。
NRHOは月を南北に、それも北側は高度約1600km、南側は約7万kmという極端に細長い楕円で回る軌道で、その細長さからあたかも直線のように見えることから“Near Rectilinear”(ほとんど直線)という名前がついている。NRHOは軌道面がつねに地球を向いているため、つねに地球と通信ができるうえに、月の南極上空に長く滞空できるため、南極で活動する宇宙飛行士や探査機などとも長時間通信できるというメリットがある。さらに軌道の安定性も優れており、軌道修正の回数を減らすことができ、くわえて地球から到達するのに必要なエネルギーも少なく、そして月面への所要時間や必要な推進剤量も少なく済むなど、さまざまな利点をもっている。
そしてオリオンは、NRHO上で、先に打ち上げられ、待機していた月着陸船とランデヴーしドッキング。4人中2人の宇宙飛行士が月着陸船に乗り換え、月面へと降下する。この月着陸船は、イーロン・マスク氏率いるスペースXが開発する「スターシップ」を使う。
月に降り立った2人は約1週間、探査活動を行ったのち、月着陸船に乗り込んで月を離れ、オリオンとドッキング。4人が合流したのち、オリオンはNRHOを離れ、そして地球へと帰還することになる。
アルテミス計画の今後
NASAはその後も、アルテミスIV、Vを進め、有人月探査を続けることを計画している。
また、ミッション名にアルテミスという名前こそつかないものの、アルテミス計画を支える重要なミッションも並行して行われる。
とくに重要なのが、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設と運用で、2024年以降、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」ロケットなどを使い、順次モジュールや補給船が打ち上げられ、NRHO上で建設。月面に降り立つ前の宇宙飛行士が滞在して準備をしたり、深宇宙で宇宙飛行士が長期間滞在する実証を行ったりなど、アルテミスIV以降の有人月探査活動を支えることになる。
また、すでに今年6月には、NRHOでゲートウェイを運用する技術の実証などを目的とした小型月探査機「CAPSTONE」が打ち上げられており、今月14日にNRHOに入っている。
さらに、月の南極で水を探す探査機や探査車、月面に物資や実験機器などを運ぶための月着陸機、さらに将来的には日本製の月面車や、月で採掘した水を利用するための装置、月面で発電を行うための小型原子炉など、NASAをはじめ、各国の宇宙機関、そして民間企業により、さまざまなミッションが計画されている。
そして、月とその周辺を舞台に、宇宙飛行士の長期滞在や、他の天体の探査、資源の採掘と利用など、多くの技術とノウハウを獲得したのち、満を持して2030年代には有人火星探査に臨むことになる。
もっとも、有人火星探査に関しては構想段階であり、まだ予算などの十分な裏付けがあるわけではない。そればかりか、アルテミス計画がこれから先、何年、何十年にもわたる持続的なものになるかも未知数である。いくら各国と民間企業と協力するとはいえ、莫大な予算がかかることは否めない。今後の社会情勢、その時々の米国の政権の意向などによっては、アポロ計画のようにどこかで打ち切りになる可能性もあろう。
だが、アルテミスIの打ち上げにより、人類は間違いなく、月への再訪に向けた第一歩を踏み出した。それはアルテミス計画全体にとっても人類にとってもまだ小さな一歩かもしれない。それでも、たとえ一歩ずつでも前を向いて着実に歩みを進めれば、『ウサギとカメ』のお話よろしく、いつか月に住むウサギを出し抜いて、月を人類のものにすることだってできるかもしれない。
参考文献
・Liftoff! NASA’s Artemis I Mega Rocket Launches Orion to Moon | NASA
・NASA Artemis I Press Kit
・Around the Moon with NASA’s First Launch of SLS with Orion | NASA ・Orion Will Go the Distance in Retrograde Orbit During Artemis I | NASA
・Artemis I - IV Mission Overview / Status. NASA Advisory Council (NAC), October 31, 2022.