米国航空宇宙局(NASA)は2022年11月16日、有人月探査に向けた無人試験ミッション「アルテミスI」の打ち上げに成功した。

アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月探査を目指す「アルテミス」計画。その目的とは? 計画のかなめとなる巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と有人宇宙船「オリオン(オライオンとも)」とは? そしてアルテミス計画にとって最初の第一歩となるアルテミスIミッションとは? 人類がふたたび月に舞い降りるまでの計画と、その後の構想とは? アルテミス計画の全貌に迫る。

・連載第1回:競争から協力、行って帰ってくるだけから滞在……「アルテミス」計画とは?
・連載第2回:アルテミス計画の実現を叶える、巨大ロケット「SLS」と「オリオン」宇宙船

  • 月に接近するオリオン宇宙船

    月に接近するオリオン宇宙船 (C) NASA

アルテミスIの目的

アルテミス計画にとって最初のミッションとなるアルテミスI。その目的について、NASAは「深宇宙探査システムの最初の統合飛行試験」と説明する。

深宇宙探査システムとは、巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と、有人宇宙船「オリオン」、そしてNASAケネディ宇宙センターの地上設備の総称で、アルテミスIはそれらを組み合わせたうえ実際に動かす、最初の試験となる。

具体的には、オリオンをSLSで打ち上げ、軌道への投入、月への飛行と月を回る軌道への投入、そして地球への帰還、着水、回収という、一連の流れを無人で試験し、ロケットや宇宙船の機能や性能を確認する。オリオンの船内には3体のマネキン人形など各種試験機器が搭載されており、飛行中に受ける放射線の影響など、宇宙飛行士を乗せた飛行にとって必要となるデータを集める。

SLSの打ち上げはこれが初めて。オリオンは2014年に無人飛行試験「EFT-1」を行っているが、前回触れたようにこのときはサービス・モジュールなどが未完成の試作機であり、すべてが完成した状態での試験飛行はこれが初めてとなる。

SLSによるオリオンの初飛行は、当初2017年に予定されていたが、主にSLSにまつわる技術的な問題から予算の問題、ハリケーンや竜巻、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの影響により大幅に遅延した。打ち上げのオペレーションを模擬する「ウェット・ドレス・リハーサル」でもやり直しが生じ、さらに打ち上げもトラブルで延期を重ねるなどし、ようやく……という4文字ではとても言い表せないほどの長い時間を経て、多くの人々の想いを乗せて飛び立った。

  • アルテミスIの打ち上げ

    アルテミスIの打ち上げ (C) NASA/Joel Kowsky

アルテミスIの始まり

オリオンを搭載したSLSは、日本時間11月16日15時47分44秒(米東部標準時同日1時47分44秒)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターの第39B発射施設から離昇した。

SLSは固体ロケットブースターや打ち上げ脱出システムなどを分離しながら順調に飛行し、宇宙空間に到達。離昇から約8分30秒後、第1段のコア・ステージの燃焼が終わり、分離された。そしてオリオンは太陽電池パドルを展開した。

もっとも、この時点では近地点高度が約30km、すなわちそのままでは大気圏に再突入してしまうサブオービタル軌道に乗っていた。これには大きく2つの理由がある。

ひとつは、ここまで第2段とオリオンを押し上げてきたSLSのコア・ステージを早期に再突入させ、安全に海に落下させるため。もうひとつは、万が一この時点でオリオンに致命的なトラブルが起きたとき、自然に大気圏に再突入して緊急帰還できるようにするためである。

離昇から約51分後には、SLSの第2段エンジンの第1回燃焼を実施。これにより、第2段とオリオンはようやく地球を回る軌道に入った。

そして離昇から約1時間半後、第2段エンジンの第2回燃焼を開始。約18分間にわたって噴射し、月へ向かうための月遷移軌道への投入に成功。その約10分後にはオリオンが分離され、打ち上げは成功した。

オリオンはその後、軌道修正や各種機能の試験、点検を行いつつ月に接近。そして11月21日には、月に最接近し、その直前にはスラスターの噴射と月の重力を利用して軌道を変えるパワード・フライバイを行い、軌道変更を行った。

  • 宇宙を飛ぶオリオンの想像図

    宇宙を飛ぶオリオンの想像図 (C) NASA

  • 月に接近したオリオン

    月に接近したオリオン (C) NASA

11月22日の時点で、このパワード・フライバイが成功したことが確認されており、オリオンは順調に月を回る軌道に向けた航路にいる。

アポロ宇宙船をはじめ、これまで月に行った探査機のほとんどは、月に近づいた時点でスラスターを噴射し、そのまま月周回軌道に入っている。一方アルテミスIでは、「DRO(Distant Retrograde Orbit)」、直訳で「遠方逆行軌道」という特殊な軌道に入るため、このパワード・フライバイで軌道を変えたのち、11月25日に再度スラスターを噴射し、ようやく月周回軌道に入るという、ひと手間かかる運用を行う。

DROはその名のとおり、月の表面から高い高度にあると同時に、月が地球のまわりを移動する方向とは反対に周回するという特徴をもっている。この軌道は、地球と月の相互作用によって重力的に安定しているため、宇宙船が軌道維持のために行うスラスター噴射が最小限で済むという利点がある。

現時点でオリオンは、11月25日夕方(日本時間26日早朝)に、DROに入るためのスラスター噴射を行うことが計画されている。DROに入ったあと、オリオンは約1週間軌道を回りながら各種試験を実施。そして月を離れ、今度は帰還する軌道に乗るためのパワード・フライバイを行ったのち、地球に帰還する。打ち上げから帰還までは25.5日間の予定となっている。

  • アルテミスIの航路を示した図

    アルテミスIの航路を示した図 (C) NASA

DROに入っている間、オリオンは月の地表から最大で高度約6万4000kmを飛行し、地球からの直線距離では約43万2000kmまで離れる。さらに、帰還時には地球との相対速度が最大で時速約4万kmにまで達し、大気圏再突入時には空力加熱によって、オリオンの耐熱シールドは最大約2760℃--じつに太陽の表面温度の約半分--にまで熱される。

これらの数字は、これまでに打ち上げられた有人宇宙船の中でもずば抜けて大きい。すなわち、史上最も遠くまで飛び、最も長期間宇宙にとどまったのち、最も速いスピードで大気圏に再突入し、最も熱くなって帰還する。こうした数々の史上初に耐えてこそ、オリオンは初めて完成し、そして人を乗せて月へ飛行できることが実証されるのである。

(次回に続く)