米国航空宇宙局(NASA)は2022年11月16日、有人月探査に向けた無人試験ミッション「アルテミスI」の打ち上げに成功した。

アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月探査を目指す「アルテミス」計画。その目的とは? 計画のかなめとなる巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と有人宇宙船「オライオン」とは? そしてアルテミス計画にとって最初の第一歩となるアルテミスIミッションとは? 人類がふたたび月に舞い降りるまでの計画と、その後の構想とは? アルテミス計画の全貌に迫る。

参考:ついに始まった人類の月への帰還、NASA「アルテミスI」が刻む新たな一歩 第1回 競争から協力、行って帰ってくるだけから滞在……「アルテミス」計画とは?

  • 宇宙空間を飛ぶオライオンの“自撮り”

    宇宙空間を飛ぶオライオンの“自撮り”(C) NASA

巨大月ロケット「SLS」

月は地球に一番近い天体だが、そこに人を送り込むためには膨大なエネルギーが、つまり巨大なロケットが必要になる。そこでNASAが開発したのが、「スペース・ローンチ・システム(SLS:Space Launch System)」である。

NASA自身が「Mega Moon Rocket(巨大月ロケット)」と銘打つように、その姿かたち、そして打ち上げ能力ともに、世界最大を誇る。

その全長は98m、直径は8.4mと、おおよそ30階建てのビルに相当する。ロケットは2段式で、第1段にあたるコア・ステージ、その両脇の固体ロケット・ブースターがあり、コア・ステージの上には第2段にあたる「ICPS(Interim Cryogenic Propulsion Stage)」が載る。地球低軌道に95t、月へ向けては27tもの打ち上げ能力をもつ。まさに、かつてアポロ計画で人類を月へ送った「サターンV」ロケットを現代に蘇らせたようなロケットである。

ただ、その姿はサターンVよりも、スペースシャトルに近い。それもそのはずで、開発コストや期間の削減などを目的に、シャトルの部品や技術を最大限に活用しているためである。

たとえばコア・ステージのタンクは、シャトルの外部燃料タンク(ET)の設計をほぼ流用。エンジンも、シャトルのメイン・エンジンとして使っていた「RS-25(SSME)」を4基装備する。コア・ステージの両側には固体ロケット・ブースターも、シャトルのブースターを継ぎ足して延長したものを使用する。

さらに付け加えるなら、ロケットを組み立てる組立棟(VAB)や、発射施設などの地上の施設設備の多くも、シャトルはおろかアポロ計画時代のものを改修して利用している。

  • 打ち上げを待つSLS

    打ち上げを待つSLS (C) NASA/Joel Kowsky

なお、現在のSLSは「ブロック1」と呼ばれる初期型の形態で、今後改良により、打ち上げ能力を段階的に向上させることが計画されている。

たとえば固体ロケットブースターは、シャトルで使っていたころは打ち上げ後に回収し、再使用していたが、SLSでは使い捨てる。そのため、いずれはシャトル時代からの在庫がなくなることから、新たに新型ブースターを開発し、置き換えられる。またこれに合わせ性能も強化され、打ち上げ能力が向上する予定である。

コア・ステージのRS-25エンジンも、シャトルでは再使用していたが、SLSではやはり使い捨てるため、いずれは新しいエンジンに置き換えられる。オリジナルのRS-25、正式名称RS-25Dは再使用できるように設計されており、使い捨てるには無駄が多いため、再使用しない前提で簡素化され、新たに「RS-25E」という名前で製造される。

また、2段目は、性能を強化した「EUS (Exploration Upper Stage)」に置き換えられ、打ち上げ能力の向上が計画されている。

SLSの開発はボーイングが主契約者として進められており、その他エアロジェット・ロケットダイン、ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスといった、米国を代表する宇宙メーカーがこぞって参画している。

また、現在SLSの運用はNASAが担当しているが、将来的にはボーイングとノースロップ・グラマンが共同で立ち上げた「ディープ・スペース・トランスポート」に民間移管されることになっている。

  • SLSのエンジンやブースターには、スペースシャトルの技術や部品が数多く使われている

    SLSのエンジンやブースターには、スペースシャトルの技術や部品が数多く使われている (C) NASA/Joel Kowsky

「オライオン」宇宙船

そのSLSで月へ、そしていつかは火星へ向けて打ち上げられるのが、「オライオン(Orion)」宇宙船である。

外見はアポロ宇宙船に似ているが、一回りほど大きく、直径5m、全長は8m。クルー・モジュールとサーヴィス・モジュールの、大きく2つの部分から構成されている。

クルー・モジュールは宇宙飛行士が乗り込む部分で、打ち上げから軌道上、そして帰還まで宇宙飛行士の生活を支える。最大で6人の宇宙飛行士が乗ることができる。また、底部にある耐熱シールドを交換することで、10回程度の再使用が可能とされている。

サーヴィス・モジュールは、軌道を変えるためのスラスターや太陽電池パドル、バッテリーなどが搭載されている。

オライオン単体での宇宙空間における運用可能期間は21日間で、第1回で触れたゲートウェイなどにドッキングすればより長く運用できる。

オライオンの開発にはスペースシャトルで培われた技術が活用されており、たとえばクルー・モジュールの構造には、スペースシャトルの外部燃料タンクなどで使われていたのと同じ、アルミニウム・リチウムの合金から造られているほか、帰還時に使用するパラシュートは、アポロ宇宙船やスペースシャトルの固体ロケットブースターで使われていたパラシュートに基にしたものが用いられている。

  • オライオン宇宙船の想像図

    オライオン宇宙船の想像図 (C) NASA

原型となる宇宙船の開発は2005年から始まり、計画や設計の変更など紆余曲折を経て、2014年12月にクルー・モジュールの試験を目的とした無人の宇宙飛行ミッション「エクスプロレーション・フライト・テスト1(EFT-1)」を実施した。オライオンは約4時間24分にわたって飛行し、地球のまわりを2周したのち地球に帰還。クルー・モジュールや搭載機器、耐熱シールドなどの性能を確認した。とくに、高度約5800kmから再突入したことで、月からの帰還をほぼ模擬できたこと、そして実際に耐熱シールドが最大2200℃もの高熱に無事耐えたことは大きな成果だった。

このEFT-1の時点で、オライオンの完成度は約半分とされ、実際同ミッションで使われた機体は、クルー・モジュールだけ実機であり、それ以外のサーヴィス・モジュールなどは未完成で、質量が同じだけのダミーだった。そのため、EFT-1の成果も踏まえて開発は続き、また設計や製造工程の見直しもあり約25%もの軽量化を達成するなどの改良も加えられ、ようやく完成に至った。

オライオンの開発はロッキード・マーティンが中心となって進めており、その他ノースロップ・グラマンやエアロジェット・ロケットダインといった企業も関わっている。また、サーヴィス・モジュールについては、欧州宇宙機関(ESA)とエアバス・ディフェンス&スペースが開発を担当しており、欧州がかつて国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給のために運用していた補給船「ATV」の技術が活かされている。

  • 組み立て中のオライオン

    組み立て中のオライオン (C) NASA/Radislav Sinyak

かくして開発されたSLSとオライオンだが、当然最初の飛行でいきなり人を乗せるわけにはいかない。いつか人を乗せて月へ向かうための予行練習、それが今回の「アルテミスI」の目的である。

(次回に続く)