地球から38万4400km彼方にある月。人類が、一度はその大地を闊歩しめながらも無念にも離れ去ったのは、1972年12月のことだった。
アポロ計画最後のミッション、「アポロ17」の船長ユージン・サーナン宇宙飛行士は、去り際に次のような言葉を残した。
「人類として、月に最後の足跡を残して、我が家である地球に帰ります。ですが、必ずまた戻ってきます。それは決して遠くない将来のことでしょう」。
それから半世紀、ようやく人類はその言葉の実現に向け新たな一歩を踏み出した。米国を中心に国際協力で進む新たなる有人月探査計画「アルテミス」。2022年11月16日、その最初の無人試験ミッション「アルテミスI」が宇宙へと飛び立ったのである。
アルテミス計画が目指すのは、単なるアポロ計画のやり直しではない。世界各国が協力し、人種や性別などの垣根を超え、月に滞在し続け、そしていつか火星へ挑む――。そんな壮大な、宇宙の大航海時代の実現なのである。
アルテミス計画
アルテミス(Artemis)計画は、米国航空宇宙局(NASA)が中心となり国際共同で進められている有人月探査計画である。アルテミスとは、ギリシア神話に出てくる女神の名前で、アポロ(ギリシア語ではアポロン)とは双子の関係にある。
計画がスタートしたのは2017年、ドナルド・トランプ政権下のこと。それまでも月や火星、小惑星を有人探査しようという計画はあったが、それらを仕切り直す形で始まった。
計画は技術的な問題から予算の問題、さらにはハリケーンや竜巻、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの影響で大幅に遅れたが、今回ようやく、その最初の無人飛行ミッション「アルテミスI(Artemis I)」が打ち上げられた。今後、2024年に有人で月のまわりを回る飛行試験「アルテミスII」を実施し、そして順調にいけば2025年にも「アルテミスIII」で宇宙飛行士が月に降り立つことになっている。
アルテミス計画が実現すれば、アポロ計画以来、約半世紀ぶりに月に人類が降り立つことになる。しかし、米国の威信をかけ、月に行って帰ってきただけのアポロ計画とは違い、アルテミス計画にはさまざまな目新しい点がある。
競争から協力へ
アポロ計画が行われた当時、米国はソビエト連邦(ソ連)と冷戦関係にあった。そのためアポロ計画の最大の目的は、ソ連に先んじて月に降り立つこと、すなわち“競争”だった。
一方、アルテミス計画には日本や欧州宇宙機関(ESA)、カナダが参加する。またアルテミス協定のもと、その他の国にも門戸が開かれている。
さらに、米国内外の民間企業も積極的に参画し、アルテミス計画の実現に必要となるロケットの打ち上げにはじまり、探査機や探査車、実験機器などの開発や運用、物資の補給など、幅広く関わる。
こうした世界各国の宇宙機関や民間の宇宙企業の“協力”により、アポロ計画以上の成果を生み出すことを目指している。
宇宙飛行士の多様性
アポロ計画で月に降り立った宇宙飛行士は、米国人の白人男性のみだった。
一方、アルテミス計画では、国籍も人種も性別も、一切の区別なく参加できることになっている。たとえばNASAは、アルテミス計画の初期段階の飛行に参加する18人の宇宙飛行士「アルテミス・チーム」を選抜しており、その半数は女性で、また同じく半数が現時点で宇宙飛行を経験したことのない新人の宇宙飛行士が含まれている。さらに人種や生まれた国や地域、性別などもさまざまである。
さらに欧州では障がいを持つ人を宇宙飛行士にしようという計画も進んでいる。まさに多様性が大きく発揮され、真の意味で“人類”が月に降り立つ、象徴的かつ画期的な出来事になる。
月に行って帰ってくるだけから滞在へ
アポロ計画では、1回あたりのミッション期間は長くとも2週間程度で、また1972年のアポロ17ミッションを最後に打ち切りとなってしまった。得られた成果はたしかにあったものの、莫大な予算をかけてやったことといえば“行って帰ってくる”だけだった。
一方アルテミス計画は、宇宙飛行士が入れ替わり立ち替わり月を訪れ、持続的に探査することを目指している。そのために月を回る宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建造したり、月面基地を建設したりする計画もある。
さらに、持続的な探査を実現するために、月の南極付近に着陸し、活動することが計画されている。
月の南極には、永久に太陽の光が当たらない「永久影」と呼ばれる領域があり、そこには水(氷)が埋蔵されているのではと考えられている。科学的に興味深い場所であることと同時に、水は人が生きるうえで必要不可欠なものであり、電気分解すれば水素と酸素を取り出せるため、人が生きるための空気やロケットの推進剤(燃料と酸化剤)にすることもできる。
もし月に水がなければ、わざわざ地球から持ち込まなくてはならず、そのためのロケットや輸送船を飛ばさなければならない。だが、もし現地調達ができるならその必要がなくなり、持続的な探査や将来の月面基地の建設に大いに役立つことになる。
いつかは火星へ
アルテミス計画で特筆すべき点は、月にとどまらず、最終的に有人火星探査の実現を目指しているという点である。
有人火星探査を実現するには、宇宙船の設計をはじめとする技術的なことから、そもそも人間が火星に行くことが可能なのかという医学的なことに至るまで、問題が山積している。たとえば、火星へ行って帰ってくるとなると最短でも2~3年はかかるが、人間が肉体的、精神的にそれだけの飛行に耐えられるかはわかっていない。
そこで、アルテミス計画による月探査を通じて、有人火星探査の実現にあたってどんな課題があり、その解決にどんな技術が必要になるのかといったことを調べ、必要な技術開発や実証を行うことが計画されている。
アポロ計画とは違い、こうしたさまざまな新しい挑戦に臨むアルテミス計画。その実現を叶える鍵となるのが、巨大月ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」と、地球と月を往復できる「オライオン」宇宙船である。
(次回に続く)