アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月着陸を目指して始動した、NASAの「アルテミス計画」。

連載第1回では、計画の概要と、現時点で検討されている宇宙船の開発や打ち上げなどの予定について、第2回では民間企業の役割について、そして第3回では、アルテミス計画が始動した経緯について紹介した。

ついに動き始めたアルテミス計画だが、その実現までには、予算や開発スケジュールなどの壁がある。また、ゲートウェイ計画に深くかかわろうとしている日本にとっては、その舵取りを注意深く進める必要がある。

  • アルテミス

    NASAが構想するゲートウェイの想像図 (C) NASA

予算と開発の壁

トランプ大統領の号令一下、ついに動き出したアルテミス計画だが、その実現までには幾重もの壁がある。

そのひとつは予算の問題である。米国航空宇宙局(NASA)がアルテミス計画を正式に発表したのと同じ5月13日、トランプ大統領は、2020会計年度(2019年10月から2020年9月まで)のNASAの予算要求額を、当初から16億ドル(約1700億円)増やし、226億ドル(約2兆4500億円)とすると発表した。ちなみに、2019会計年度の予算は215億ドルであり、増加することになる。

増額分のうち、10億ドルは、ゲートウェイから宇宙飛行士を乗せて月面に送り、そしてゲートウェイに戻ってくる月輸送システム(月着陸船など)の開発に充当。また、6億5100万ドルはSLSとオライオンの開発に、1億3200万ドルは月面や深宇宙における、宇宙飛行士の滞在や活動に必要な新技術の研究に、そして9000万ドルは、アルテミス計画で宇宙飛行士が降り立つ予定の月の南極を、無人の探査機で探査するための予算に充てるとしている。

ただ、この要求を議会が認めるかどうかはまだ不透明である。

また、この発表から2日後の5月15日に、ザ・ワシントン・ポスト紙が報じたところによると、この増額分は、米国連邦政府が支出する、大学生向けの返還不要の奨学金プログラム「ペル・グラント(Pell Grant)」の予算を削減して捻出することが検討されているという。トランプ政権は当初の2020会計年度予算で、このプログラムの予算について20億ドルの削減を要求。そして今回NASAへ追加予算を与えるため、さらに19億ドルを削減することを求めたという。

このプログラムは、不況など将来的な資金減少に備え、約90億ドルの余剰金を蓄えており、削減してもただちに影響はなく、2023年までは十分な資金がある状態としている。ただ、大学などの関係者は、予期せぬ景気後退などに見舞われればその保証はないとして、この削減に大きく反対している。

どこからどのような形で、米政府がNASAの追加予算を捻出するのかは、これからも注意深く見守る必要がある。

  • アルテミス計画

    SLSの想像図 (C) NASA

そして、もうひとつは開発スケジュールの問題である。「2024年までの有人月着陸を」という要求を、「挑戦的だ」と前置きしたうえでNASAが受け入れたわけだが、その期日を守るためには、前述した予算の問題が解決されることはもちろん、SLSやオライオン、そして民間が開発する予定の月着陸船などの開発スケジュールが大幅に遅れないことも大前提となる。

しかし、現時点でSLSの開発は大きく遅れており、いまだ完成していないばかりか、現時点ですらスケジュールはかなり切羽詰まっているとされ、エンジンの燃焼試験のやり方を変えるなどといった方策が取られようとしている。オライオンも同様に完成しておらず、さらに打ち上げ中のロケットから脱出させる試験や、無人での試験飛行(アルテミス1)といったハードルがまだ待ち構えている。これからの開発や試験で、これ以上のなんらかの問題や事故が起これば、スケジュールは破綻することになろう。

また、民間の月着陸機もまだ影も形もない状況であり、こちらも大きな不安が残る。

技術開発の常識、また宇宙開発の歴史に鑑みても、2024年までという期日を守ることはきわめて難しいといえよう。

それをなんらかの方法でクリアするのか、それともトランプ大統領が期日を遅らせることを認めるかが、これからの課題となってくるだろう。

  • オライオン

    オライオンの想像図 (C) NASA

日本の宇宙政策にも大きな影響

ふたたび有人月着陸を目指すということそのものは、前向きで明るい話題であり、また民間企業を積極的に活用しようという方針や、民間側もそれに応え、月を人類の経済圏、生活圏にしようという動きが加速することもまた、歓迎できることではある。

しかし、それをどう進めるかは、米政府とNASA、民間、そして他国の政府の利害や思惑がそれぞれ異なり、すべてを満たす結論を出すのは難しい。

そのなかで、日本がどのような舵取りをするかは今後の課題となる。

現時点で日本政府は、ゲートウェイ計画へのかかわり方に関して、「年内に方針を決定する」としており、まだ正式に参加すると決めてはいない。ただ、参加した場合には、宇宙飛行士が滞在する居住モジュールの環境制御・生命維持システム(ECLSS:Environmental Control and Life Support System)と、次世代の宇宙ステーション補給機「HTV-X」を使った物資補給などで貢献することで検討が進んでおり、参加はほぼ既定路線となりつつある。

しかし、トランプ政権の意向によって有人月着陸の実施時期が前倒しとなり、それを受けてゲートウェイの建造計画も変わったことから、すでに日本側に検討のやり直しなどの影響が出ている可能性がある。

ただでさえ米国は、政権が変わるたびに、宇宙計画も大きく変わる傾向があるが、朝令暮改なトランプ大統領のことからして、今後政権交代を待たずに、短いスパンでゲートウェイの仕様や今後の計画などがころころと変わる可能性があることは大きな不安材料である。

この点は、同じくゲートウェイに国際協力という形で参加する欧州なども同様である。ただし欧州は、オライオン宇宙船のサービス・モジュール(機械船)の開発、製造にかかわっており、オライオンが使われ続ける限りはその影響の度合いは限られている。しかし現時点での日本のかかわり方は、あくまでゲートウェイありきであり、計画の変更や規模の縮小といった影響を大きく受けることになる。

くわえて今後、民間企業の活用がさらに大きく進み、居住モジュールや補給船などにもかかわってくるようになれば、日本の担当部分が民間と取って代えられてしまう可能性もありうる。

したがって日本は、ゲートウェイにより深く関与できる道を探るか、あるいは並行して、ゲートウェイや、もしくは米国の計画に頼らない、独自の道を探ることも必要になろう。

たとえば、CLPSに参加しているドレイパー・ラボラトリィに日本のispaceが関与しているように、日本も民間の宇宙企業をより積極的に育て、ゲートウェイやアルテミス計画にさらに深く食い込んだり、独自の宇宙計画を進められるほどの強さをもったりといったことを目指す道もあるかもしれない。

あるいは、現在日本はインドなどと共同で、月の極域への着陸探査を目指した検討を進めているが、そちらに注力するという道もあろう。また、欧州宇宙機関(ESA)の有人月面基地構想『ムーン・ヴィレッジ(Moon Village)』へのかかわりをより強く進め、NASAやゲートウェイに依存しないやり方もあるかもしれない。

アポロ計画から約半世紀、ISSの建設開始からも20年以上を迎えたいま、宇宙開発とそれを取り巻く状況は大きく変化している。そのなかで、日本がアルテミス計画、そしてゲートウェイ計画にかかわるならば、ISSの成果を活かしつつ、いかにISS以上の成果を出すか、それを地上の社会にどのように還元するか、そして民間による月の経済開発の時代に、国や国内企業がどのような役割を果たせるかといったことを、しっかり考えなくてはならない。

  • アルテミス計画

    ゲートウェイの各国の担当箇所(案)を示した図。日本は、宇宙飛行士が滞在する居住モジュールの環境制御・生命維持システム(ECLSS)と、HTV-Xを使った物資補給などで貢献することで検討が進んでいる (C) NASA

出典

America to the Moon 2024 - Artemis 5-31-19 (Read-Only) - america_to_the_moon_2024_artemis_20190523.pdf
Trump's bid to dip into Pell Grant reserves to fund NASA faces uphill battle - The Washington Post
柴山昌彦文部科学大臣記者会見録(令和元年6月4日):文部科学省
Moon Village Association

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info