アポロ計画以来、約半世紀ぶりの有人月着陸を目指して始動した、NASAの「アルテミス計画」。
連載第1回では、計画の概要と、現時点で検討されている宇宙船の開発や打ち上げなどの予定について紹介した。
このアルテミス計画では、NASAだけでなく、米国を中心とする民間企業も多数参加し、とくに月への着陸に使う月着陸船という、最も重要な"舞台装置"も、民間企業が開発することになっている。民間が参加する意義、メリットはどこにあるのだろうか。
月着陸船を開発するのは民間企業!
有人月着陸を実施するにあたって、最低限必要となるのは、ロケットと宇宙船、そして月面に着陸するための月着陸船である。
前回触れたように、
アルテミス計画においては、ロケットは開発中の「スペース・ローンチ・システム(SLS)」を、宇宙船はやはり開発中の「オライオン」を使う。ところが、現時点でNASAに月着陸船は存在しない。
しかしその代わりに、じつは米国の民間企業が月着陸船の開発を進めている。
NASAはかねてより、「民間にできることは民間に任せる」という方針のもと、2000年代から宇宙開発のアウトソーシングを進めてきた。たとえば、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や宇宙飛行士の輸送においては、「COTS(Commercial Orbital Transportation Services)」という、民間企業に開発資金や技術を提供し、ロケットや補給船、宇宙船を開発させ、完成後はNASAが運賃を支払って利用するという計画を実施。その結果、イーロン・マスク氏率いるスペースXをはじめ、民間による宇宙ビジネスが活性化し、現在に至っている。
その成功を受けて、NASAは2015年に「ネクストSTEP(Next Space Technologies for Exploration Partnerships)」と呼ばれる計画を始動。ISSより先の、月や火星などの深宇宙に行ったり、そこで宇宙飛行士が滞在したりといった、まさしく"次のステップ"に挑むための技術開発や実際の運用を、民間に任せる方針を打ち出した。つまりCOTSでの成功を、月でも再現しようというのである。
さらにNASAとは関係なく、「グーグル・ルナー・Xプライズ(GLXP)」に代表されるように、民間独自での月探査活動も芽生え始めた。GLXPそのものは勝利者なしで終了となったが、参戦していたチームはその後も独自に活動を続け、今年はじめにはイスラエルから参加していた「スペースIL」が、実際に月着陸機を打ち上げるなど、民間でも月探査、月着陸が可能であることが示された(残念ながら着陸自体は失敗に終わった)。
こうした流れを背景に、NASAは2018年12月、NextSTEPの一環として、民間に有人の月着陸船の設計、開発を呼びかけた。ちなみに、このときの条件の1つに「再使用可能なこと」という項目が設けられており、アルテミス3は別として、将来のアルテミス計画においては、月着陸船を再使用し、何度も月着陸を行うこと、そしてそのコストをできる限り抑えるという意図が見て取れる。
これに対して、いくつかのメーカーが提案を出し、今年5月17日には11社が選ばれた。そのなかには、大手メーカーのボーイングやロッキード・マーティンのほか、スペースXや、ジェフ・ベゾス氏率いるブルー・オリジン、さらにベンチャー企業のオービット・ビヨンドなども含まれている。この11社には総額4550万ドルの賞金が分け与えられた。また、各社は総事業費のうち最低でも20%を拠出することが義務付けられており、税金の投入額を抑えるほか、宇宙産業への民間からの投資を促進する狙いがある。
選ばれた11社は、それぞれ得意とする分野を活かし、月着陸のかなめとなる降下段のほか、ゲートウェイと月面を往復するためのシステムや、また機体を再使用するために必要となる軌道上での推進剤の補給システムなどを開発する。
各社の構想はあまり明らかになっていないが、そのなかでもブルー・オリジンは、ネクストSTEPの選定結果が発表になる前の5月9日に、自ら開催した記者会見において、「ブルー・ムーン」と名づけた月着陸機をお披露目した。これは明らかに、NASAと、そしてトランプ政権へのアピールだったといえよう。
最終的に何社が選ばれ、どのメーカーがどの部分を担当するかはまだ未定で、これから各社による開発競争が激化することになろう。
無人探査機による露払いも民間が担当
アルテミス計画ではまた、有人月探査に先立って行われる、無人の月探査においても、民間を活用する方針が示されている。
この計画は「商業月ペイロード輸送サービシズ(CLSP:Commercial Lunar Payload Services)」と呼ばれ、民間企業がNASAからの発注を受け、運賃を受け取るのと引き換えに、科学機器や水の採掘装置などを月まで送り届けることを目指している。これもまた、COTSの成功例にならったものとみることができよう。
このCLPSを担う企業として、まず2018年に、米国企業9社が候補として選定された。そのなかには、かつてGLXPに参戦していた「アストロボティック(Astrobotic)」や「ムーン・エクスプレス(Moon Express)」が含まれており、またインドから参戦していた「チームインダス(TeamIndus)」は、米国企業「オービット・ビヨンド(Orbit Beyond)」に参画。日本チームのHAKUTOを運営していたispaceも、米国の研究団体「ドレイパー・ラボラトリィ(Draper Laboratory)」に参画するなど、GLXPの残光を色濃く残した顔ぶれとなった。
そして今年6月1日、NASAはこのなかから、最初のミッションを発注する企業として、アストロボティックとオービット・ビヨンド、そして「インテューイティヴ・マシーンズ(Intuitive Machines)」の3社を選んだと発表した。このうちアストロボティックとインテューイティヴ・マシーンズの2社は2021年7月までに、オービット・ビヨンドは2020年9月までに、それぞれ月面の指定の場所へ、NASAの機器・装置を送り届けることになる。
なお、「最初の」となっているように、NASAでは今後もCLPSは継続して行い、そしてその都度新たな入札、契約を行う予定だという。今回選ばれた企業はもちろん、他の企業も、次は選定のチャンスがあるかもしれない。
(次回に続く)
出典
・NASA Taps 11 American Companies to Advance Human Lunar Landers | NASA
・NASA Selects First Commercial Moon Landing Services for Artemis | NASA
・NASA Selects Experiments for Possible Lunar Flights in 2019 | NASA
・NASA Announces New Partnerships for Commercial Moon Deliveries | NASA
・Blue Origin | Blue Moon
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info