Top500の1位を初めて獲得した日本のスパコン「NWT」
昭和のころ、航空機の開発は、スケールされた機体のモデルを高速の気流の中に置いて、空気の流れを観測する風洞実験が一般的であった。
風洞実験では、レイノルズ数とマッハ数を一致させれば小さな模型を使った実験でも空気の流れは相似形になることが知られている。しかし、高速になるとこの条件を満たすことは難しく、誤差が出てきてしまう。また、航空機の場合は、機体を中空に保持するための柱やワイヤが必要であり、これらも気流に影響してしまう。
一方、数値計算で、機体の周りの気流をシミュレーションすれば、このような誤差は発生せず、正しい結果が得られるはずである。しかし、数値シミュレーションでは機体、特に翼の形状を細かくモデルすると計算量が膨大で、現実的には精度の高いシミュレーションができなかった。
航空宇宙技術研究所(1963年に航空技術研究所より名称変更。現在の宇宙航空研究開発機構)は、シミュレーションの精度の改善を目指して、高性能の流体計算を行うマシンの開発に取り掛かった。この開発を主導したのが、航空宇宙技術研究所の数理解析部長であった三好甫(みよしはじめ)である。
なお、三好先生は、日本初のスパコンである「FACOM 230-75APU」の開発を推進し、さらにTop500で1位を獲得したことがある「NWT(Numerical Wind Tunnel、数値風洞)」の開発、そして同じくTop500で1位を獲得したことがある「地球シミュレータ」の開発を推進した。それも、役所に働きかけて国家レベルの開発プロジェクトを立ち上げ、実際にハード、ソフトを開発するコンピュータメーカーを巻き込み、航空宇宙技術研究所を始めとしたアプリケーションを開発し、スパコンを使うユーザコミュニティーを作った。三好先生は日本のスパコンの発達の大きな功労者で、日本のスパコンの父とも呼ばれる。
少し、時間を戻すと、三好先生は、富士通に働きかけてFACOM 230-75APUを作って流体計算に使用していたのであるが、精度の高いCFD(Computational Fluid Dynamics)の計算を行うには、まだまだ能力不足であるので、次に富士通のVP200スパコンのベクトル演算パイプライン数を倍増したVP400の開発を富士通に働きかけて1GFlopsを超えるスパコンを手に入れた。
そして、その次には、風洞のように、機体全体をひとまとめにしてシミュレーションすることができる数値風洞の開発に乗り出した。当初は日立、富士通、NECの3社と検討を行っていたが、検討が進むにつれてパートナーは富士通に絞り込まれていった。
(次回は2月7日に掲載します)