Cray T90

Cray C90の後継となるT90は1995年2月にリリースされた。アーキテクチャ的には、C90の構成を踏襲し、最大プロセサ数を2倍の32プロセサに拡張したマシンである。一方、ハードウェア的には、クロックを450MHzと、C90のほぼ2倍に引き上げ、最大構成では約56GFlopsとシステム性能を4倍に引き上げている。

図1.63に見られるようにT90はエジプトのミイラの石棺とも呼ばれる特徴的な形の筐体で、絶縁性液体のフロリナートによる液浸冷却のマシンであった。

  • Cray T932

    図1.63 Cray T932。手前がCPU筐体で後方に2台の熱交換機が見える (出典:Cray T932カタログ)

それに加えて、C916では36マイル(60km弱)の配線があったのであるが、T90ではIOの外部接続以外はプリント板配線に置き換え、ディスクリート配線をほぼゼロにしている。C90の信頼度は、あまり芳しくないという評判であったが、T90の信頼度は配線のプリント板化で大幅に改善したとのことである。

また、後述のバウンダリスキャンによる保守性の改善と合わせて、システムのダウンタイムが減り、可用性が改善したという。

C90は最大10KゲートのLSIであったが、T90は最大50KゲートECLのLSIを使っている。ただし、平均的なゲート使用率は半分程度であった。それでも、C90シリーズと比較して4倍程度のゲート実装密度が得られているという。

その結果、C916に比べてT932では2倍のロジックがあるが、設置面積はC916とほぼ同じ面積に抑えられている。

また、クロックは約450MHzとC90と比べてほぼ倍増している。50KゲートのLSIはプログラマブル電力と呼ぶ機能があり、各ゲートのスイッチ速度と消費電力をプログラムすることができる。時間の厳しいクリティカルパスのゲートは大電力だが高速のゲートを使わざるを得ないが、時間に余裕があるパスでは電力を減らして速度の遅いゲートを使うことができる。T90では、これによりC90の半分の電力で4倍の性能を実現したという。

T932は最大32プロセサと最大8192GBのメモリを持つ。ピーク演算性能は57.6GFlopsとC916の約4倍の性能になっている。当時のCrayのプレスリリースによると、最小構成(1プロセサ、512MBメモリ)のシステムの正価が250万ドル、最大構成(32プロセサ、8192MBメモリ)のシステムの正価が3500万ドルとなっている。

それまでのCrayのシステムの電源は、Motor Generator(MG)を使っていた。MGは電力会社からのACでモータを回し、モータの軸に直結された直流発電機を回して、コンピュータに供給するDCを作る装置である。モータと発電機の慣性モーメントがあるので、電力会社からのACの瞬断やノイズは吸収される。また、ガバナーなどでメカニカルに回転数を調整することで出力電圧を安定化することができる。

欠点は、出力電流の変化に対する追随性が悪いことであるが、Crayの使っているECLは動作状態による電源電流の変化がほとんどどなく、電源電流が一定であるので、問題にならないと思われる。

ということで、T90はMGで電源供給を行うことも可能であったと思われるが、大きな鉄と銅の塊であるMGよりも、普通の整流と安定化電源を使うほうがコンパクトで安上がりだったので、そちらを採用することに切り替えたのではないかと思われる。そして、瞬断や停電に対しては、必要に応じてUPSを付けるという電源供給方式になっている。なお、この電源は液浸で冷却されている。

C90はプリント板間の信号接続に36マイル(約58km)の配線を使っていたが、T90ではIOの外部接続を除く配線をプリント板化した。各モジュールは800コンタクトのコネクタでバックパネルに接続された。通常のコネクタは少ないものでも10g/pin程度の挿抜力を必要とするので、800pin×10gでは8kgの力が必要になる。このため、Crayは挿抜時には力のいらないeZIF(electric Zero Insertion Force)コネクタを開発した。ZIFコネクタは、挿抜時には力は不要で、挿入後にコンタクトのスプリングに力を加えて接続を行うタイプのコネクタである。T90の論文の記述では、電気を流して加熱し、バイメタルのようなもので接点のばねにかける圧力を生み出しているようである。

(次回は12月28日に掲載します)