Apple Watchが発売されてはや1カ月、すでにお手元に届いている人も多くいるのではないでしょうか。ご存知のように、Apple WatchはApple社が満を持して発表したウェアラブルデバイスで、発売前の予約数だけで300万台を超えたともいわれており、順調な滑り出しを見せているようです。しかしその一方で「結局Apple Watchは何ができるの? iPhoneじゃダメなの?」ということを聞かれることも多く、話題が先行している割に、その実体が知られていないのが現状のように思います。

そこでハードウェアとしてのレビューはほかの記事におまかせして、本連載ではApple Watchアプリ開発のヒントとなるよう、Apple Watchを身に付けることによって得られる体験をはじめ、操作性と現状の問題点、今後どのように進化していくのか、というところを数回に分けてお伝えしていきます。

 Apple Watchは腕時計なのか?

Apple “Watch”というからには、もちろん時計の機能を持っているのですが、正確な位置づけとしては、「時計型ウェアラブルデバイス」といったところでしょうか。腕時計という誰もが一度は手にしたことがある馴染みのある形を模倣したデジタルデバイスであり、「時計という機能が主軸にある」というよりは、「多機能なウェアラブルデバイスのなかのひとつの機能が時計である」といったほうがよいかもしれません。

たとえばApple Watchの特徴の一つといえるデジタルクラウン。

「デジタルクラウン」について(Apple Webサイト)

これはクラウン(日本語ではリューズ/竜頭)を模倣した入力デバイスですが、そもそも本来のクラウンは、ゼンマイ式時計のゼンマイを巻くためにあるもので、クォーツ式のデジタル時計が主流となっている今では、時刻合わせにしか使われません。そうなると、クラウンは月に1度でも触れればよいという頻度でしか使用されないものであり、日常的に操作する入力デバイスとしてはあまり馴染みのないものといえるでしょう。

Appleとしてもそれを意識したうえで、デジタル表示のメリットを活かし、時計を上下逆さまに付けることで、クラウンの向きを逆に持ってくることができるようにしています。これにより、右手に付けてもデジタルクラウンを外側に持ってくることができるため、「つまむ」という操作もしやすくなっています。もちろん既存の“クラウン”という形に拘らなければ、もっと使いやすい操作ができる入力デバイスもできたのかもしれませんが、そこはある種の宝飾品としての意味合いを持たせたいAppleの意図が強く出ているものと考えられます。

標準の状態では時計が表示されているので、iPhoneのようなホーム画面は、デジタルクラウンを押さない限り表示されません(設定により変更することも可能です)。これもまた“時計”というこだわりを持たせたいがゆえでしょう。

標準の状態では時計が表示されている

ただし腕時計は、時間を確認するだけのものですので、一瞬チラッと見るだけで、じーっと時計盤を見るような使いかたはあまり想定されていません。しかし、Apple Watchにはさまざまな機能があり、メールやLINEのメッセージも表示させることが可能です。そうなると、必然的に腕を持ち上げたままの格好が続くことになりますので、Apple Watchを手に入れた日は腕が痛くなることでしょう(笑)。

腕時計の形をしていますが、その使いかたは腕時計と大きく異なります。しかし、それは腕時計として見てしまうからこその違和感であり、Apple Watchの本質はそこにはありません。多機能型ウェアラブルデバイスを周りからの違和感なく身に付けていられることに本当の価値があります。やはり、Google Glassのようなものを絶えず身に付けるのには多少勇気がいりますよね? そういった違和感なしに、むしろラグジュアリーなアクセサリーとして身に付けられることにApple Watchの意味があるのだと思います。

結局、Apple Watchで何ができるの?

これは非常に難しい質問です。iPhoneも登場時には、こういった話が多くありました。とくに、発売されたばかりのApple Watchは、使うユーザーにとっても開発をするデベロッパーにとっても未知の領域であるため、なおさら説明が難しい部分が多くあります。

Apple Watchは基本的に、Googleが先行して発売したAndroid Wearと同じように、iPhoneを親機としてそのサブセットのような動き方をします。iPhoneと連携して使うことを大前提として考えられていますので、iPhoneなしではインターネットからの通信を受け取ることもできません。単体で動かせる機能はミュージックプレイヤーなど、ごく一部の機能に限られています。

しかし、そもそも腕時計型という形自体、あまり複雑な操作をするのには向いていませんので、多機能すぎても逆に使いにくくなってしまいます。そういった意味では、ポケットやカバンにしまった状態のiPhoneを取り出すのが面倒くさい、というようなシチュエーションに限定した機能を持たせるのが一番わかりやすいでしょう。

メールの着信通知画面 イメージ

それを代表するのは、やはり通知機能です。基本的にはiPhoneの通知機能と変わりないのですが、iPhoneの場合、ポケットのなかで震えるだけでは、通知内容の重要度はわかりません。とくに最近は、アプリの通知が非常に多くなってきていますので、とても大事なメールの通知も、通勤時間に楽しんでいるゲームの通知も、区別を付けることはできません。ポケットからiPhoneを取り出して、「なんだこの通知か」と思った体験は、みなさんあるのではないでしょうか。Apple Watchであれば、打ち合わせの最中でもiPhoneを取り出すことなく自然に、その通知の重要度を判断することができます。

また、Apple Watchに通知される内容やアプリは取捨選択できますので、筆者はある程度リアルタイム性のあるメールやメッセージ系のものを通知させ、そのほかは空いた時間で閲覧すればよいものに仕分けてiPhoneで確認するようにしています。

電話の着信通知画面 イメージ

電話の着信通知も、Apple Watchで確認することができます。仕事中に今でるべき電話なのかどうかといったことがiPhoneを取り出さずに判断できますし、そのままApple Watchで電話に出ることまでも可能です(スピーカーフォンでの通話になってしまうのでシチュエーションはかなり限られそうですが……)。

一方でApple Watchは、何らかの操作をすることにはあまり向いていません。デジタルクラウンのおかげで、かなり操作しやすくなってはいますが、それでも腕を持ち上げたまま長時間その体勢を保たなければならないのは、お世辞にも使いやすいとはいえませんし、そこまでするならばiPhoneを取り出したほうが快適でしょう。音声入力なども可能ですが、やはりすべての要求を満たすものにはなりえません。

Apple Watchで何ができるのかがわからない、というのはこのように“発信”が苦手であることに起因していると筆者は考えています。すでにある情報を腕で見るだけの“受信”は、ある程度満足が得られているものを補完をする「あると便利」な機能として受け取ってしまいます。ユーザーの「◯◯をしたい」という欲求をかなえるためのものではなく、受け身の機能であるからです。そのため、実際に体験をしてみないと、その満足度がわかりにくいものになってしまうのです。

一方、“発信”を進んでできるデバイスは、「これがしたい」というユーザーの欲求に応えることができるので、使い手としては、能動的なアクションを起こす必要があり、体験としても記憶に残りやすいものになります。

現在のApple Watchは、まだそのあたりが模索段階にあるのですが、そういった要望に応えられるようになることではじめて、「Apple Watchって便利だね!」と共感を得られるデバイスになるのだと思います。

iPhoneとの親和性が生む体験

先に書いたように、Apple Watch単体では、できることが非常に限られています。しかし、そのぶんiPhoneとの連携については非常によく考えられており、その親和性の高さに驚かされることがたくさんあります。

たとえば、Apple Watchは時計といえど、iPhoneと同様にたくさんのパーソナルデータが表示されます。メールもそうですし、予定表や連絡先、何よりもApple Payと呼ばれる決済まで(米国のみ、日本国内では未対応)、Apple Watchでは可能です。そうなるとどうしてもセキュリティ的な問題が出てきてしまいます。iPhoneとは違い、身に付ける頻度が非常に高いものではありますが、それでも外したままになっていることも当然あります。

米国ではApple Payを利用しApple Watchで決済をすることも可能 (米Apple サポートサイト)

そのため、Apple Watchはパスワードをかけることができるのですが、残念ながら画面の大きさの関係で、お世辞にも入力しやすいとはいえません。

そこでApple Watchには、iPhoneとの連携を活かし「iPhoneでロックを解除」という機能が付いています。これはApple Watchを装着している状態でiPhoneを操作(ロック解除)をすると、Apple Watchのロックも合わせて解除される機能です。Apple Watchは装着しているかどうかをセンサーで計測しており、一度ロックが解除されるとApple Watchを次に外すまで、ロックは解除されたままになります。この機能のおかげで、筆者はほとんどApple Watchのロックを解除する操作をすることはありませんでした。

また、先に書いた各種の通知機能もiPhoneと併用することを前提に考えられているため、Apple Watchを付けているときはApple Watchだけに、付けていないときにはiPhoneだけに通知がくるようになっており、さらにiPhoneの利用中には、Apple Watchを付けていてもiPhoneだけに通知がきます。これにより、Apple Watchで一度見た通知がiPhoneに延々と貯まってしまっていたり、腕とポケットの両方に通知が来てしまったりということがありません。

Apple Watchの通知について(Apple サポートサイト)

ほかにもiPhoneでお馴染みの機内モードやおやすみモードなどもiPhoneの設定に連動させることができるので、どちらか一方を操作するだけでまるでひとつのデバイスのように設定することが可能です。これらは非常に地味な連携ではありますが、日常的に使うデバイスとしては、ストレスを限りなく減らしてくれる、とても有用な機能といえるでしょう。


さて、今回はiPhoneがもたらしてくれる体験についての話題をメインにお届けしました。まだ未成熟なデバイスではありますが、これからが楽しみなものであることも間違いありません。

次回は少し深掘りして、Apple Watch自体の操作性とその可能性についてお話できればと思います。

執筆者紹介

宇野 雄(UNO Yu)

ヤフー株式会社にてUI/UX設計、デザイン、コーディングなどを担当。まったく新しいモノづくりよりも、すでにあるモノを新しい視点で捉えるデザインが好き。近著に「フラットデザインで考える 新しいUIデザインのセオリー(技術評論社)」がある。