ビジネスチャットツール「LINE WORKS」と、インボイス管理サービス「Bill One」。どちらもビジネスを効率化する業務アプリケーションとして、多くの企業で利用されている。

LINE WORKSはワークスモバイルジャパンが、そしてBill Oneは営業DXサービスの「Sansan」やキャリアプロフィール「Eight」を運営するSansanが開発したものだ。

ビジネスパーソンにとってなじみ深い2つのサービスだが、それだけにサービスがどのような思想で設計・運営されているのか気になるところではないだろうか。

今回、LINE WORKSを運営するワークスモバイルジャパン 事業企画本部 プロダクトマーケティングチーム 部長・一柳圭吾氏と、Bill Oneを運営するSansan Bill One Unit プロダクトマネジャー 兼 プロダクトマネジメント室 プロダクトマネジャーグループ グループマネジャーの山本純平氏による対談が実現。それぞれのサービスを支えるUX(ユーザーエクスペリエンス)/UI(ユーザーインタフェース)について語り合った。

  • ワークスモバイルジャパン 事業企画本部 プロダクトマーケティングチーム 部長 一柳圭吾さん(左)、Sansan Bill One Unit プロダクトマネジャー 兼 プロダクトマネジメント室 プロダクトマネジャーグループ グループマネジャー 山本純平さん(右)。※取材当時(4月25日)の役職

    ワークスモバイルジャパン 事業企画本部 プロダクトマーケティングチーム 部長 一柳圭吾さん(左)、Sansan Bill One Unit プロダクトマネジャー 兼 プロダクトマネジメント室 プロダクトマネジャーグループ グループマネジャー 山本純平さん(右)。※取材当時(4月25日)の役職

サービスの特徴と開発の経緯

--まず、お二人のご経歴とサービスの紹介をお願いします。

一柳さん(以下、敬称略):私は2015年10月からLINE WORKSの開発運営に関わっています。LINE WORKSの正式リリースは2016年1月なので、リリース前からずっと参加している形です。主にサービス自体の企画や、市場の声をフィードバックしてサービスに反映するような仕事をしています。

LINE WORKSは一言でいえば“ビジネス版のLINE"です。LINEはプライベートで使われることが多いコミュニケーションアプリですが、LINE WORKSはビジネス利用に特化して、法人が求めるセキュリティやグループウェアとしての機能などを提供しています。提供開始から7年で、43万社、450万ユーザーの方に利用いただいています。

ワークスモバイルジャパン

事業企画本部 プロダクトマーケティングチーム 部長
一柳圭吾さん
大手ソフトウェアメーカーにて製品担当や法人向け営業等を経て、2015年にワークスモバイルジャパンに入社。サービスリリース初期より一貫してLINE WORKSの企画、営業支援等に広く携わる。疲れた時の糖分補給はどちらかというと和菓子派。

山本さん(以下、敬称略):8年前にソフトウェアエンジニアとしてSansanに入社しました。SansanやEight、契約DXのサービスなど複数部署を経験した後、半年ほど前にBill Oneチームにジョインしました。現在は海外進出に向けた業務を担当しています。

Bill Oneはクラウドで請求書を一元管理できるサービスで、さまざまな会計ソフトへの連携や充実したサポートが特徴です。データだけでなく紙の請求書にも対応しています。例えば、弊社が紙で請求書を受け取り、それを電子化した後、受け取るべきお客さまにお送りするという流れです。インボイス制度など法改正にも対応しており、お客さまは法改正の都度業務フローを変える必要がないというメリットもあります。

Bill Oneは3年前のリリース以来、大きく成長しています。大企業・中堅企業を中心に採用が拡大しており、現在は1300社を超えるお客さまにお使いいただいています。

Sansan

Sansan Bill One Unit プロダクトマネジャー 兼 プロダクトマネジメント室 プロダクトマネジャーグループ グループマネジャー
山本純平さん
2001年にモバイル関連の会社へ入社し、ガラケーのアプリケーション開発や携帯電話プラットフォーム開発を経験。その後スタートアップに転職し、iOSアプリの開発に従事。Sansan株式会社へは2015年に入社。Android開発やDSOCの開発を経験した後、現在はインボイス管理サービス「Bill One」のプロダクトマネジャーを務める。

--お互いのサービスについてどのような印象を持っていますか。

一柳:Bill Oneのすごいところは、請求書を送る方だけでなく受け入れる方にも対応していることだと思います。紙の請求書や電子印鑑を送ることができるサービスは他にもありますが、受け入れ側で実現しているサービスは珍しいですよね。

山本:ありがとうございます。たしかにBill Oneは請求書を“受ける”ことにフォーカスしています。リリース当時、そうしたサービスは他にはなかったですし、ちょうどコロナ禍で書類の電子化需要が高まっていたことや、電子帳簿保存法の改正で書類をデータで管理しなければならなくなったことも追い風になりました。

一柳:Bill Oneを開発するきっかけや課題感は何だったのですか?

山本:Bill Oneを企画したのは、実はSansanに経理担当として入社した社員なんです。彼いわく、「経理業務を世の中からなくしたい」と思ったそうで、それが開発の原点になっています。Sansanはもともと名刺のデータ化から始まった会社ということもあり、データ化と紙書類のクラウド管理は得意領域としていました。その強みと請求書をかけ合わせて何ができるのかを試行錯誤した結果、Bill Oneにたどり着きました。

一柳:そういう流れがあったのですね!

山本:逆に、私から見たLINE WORKSの印象ですが、リーチしているユーザー数がすごいですよね。toBサービスは営業担当者がアポをとって売り込むのが一般的だと思いますが、43万社はそうしたセールススタイルで達成できる次元ではないですからね。その点がうらやましいと感じます。

一柳:ありがとうございます。実は、LINE WORKSのビジネスモデルはパートナー販売がメインになっています。例えば、法人契約のスマートフォンとセットでLINE WORKSを導入していただくようなモデルです。

山本:なるほど。LINE WORKSのようなビジネスチャットは会社全体での導入に意味がありますからね。その意味ではBill Oneもユーザーの拡大について、われわれ独自の“インボイスネットワーク”に期待しているところはあります。インボイスネットワークとは請求書を介した広がりで、例えば、請求書を受け取る側が送る側に対してBill Oneを使ってくれるようにお願いするような流れであり、現在は7万社を超えています。そうやって、Bill Oneユーザーのやりとりが増えると、われわれとしても嬉しいですね。

ユーザーはどんな人か? どんな風に働いているか?

--LINE WORKSとBill Oneは異なるコンセプトのサービスではありますが、“ユーザー同士をつなぐ”という点では共通した思想があると言えそうですね。そんな2つのサービスが提供する「体験設計」についてさらに掘り下げてお聞きします。

一柳:顧客体験を設計するためには、まず、“お客さまとはどんな方々なのか”を知らなければなりません。LINE WORKSが最初に想定していたお客さまは、「自分専用の仕事用パソコンを支給されていない方」でした。例えば、小売業や金融商品のセールス、飲食店や工事現場などで働いている方ですね。

山本:たしかに、そうした業界の方はパソコンを利用することがあっても、1台のパソコンを何人かで共有しているイメージですね。

一柳:そうなんです。そういった方は、普段の業務ではモバイル端末を利用しています。ということは、LINE WORKSの体験として「パソコンなら当たり前のこと」を取り入れるべきではないのです。

マルチスレッドで会話を進めるようなケースは、他のビジネスチャットでは当たり前に見られますが、これはパソコン的な発想です。さらに、同時進行する複数の話題を理解するにはITサービスへの慣れも必要です。こうした機能は便利ではあるのですが、使いこなせないとストレスになりますから、LINE WORKSでは意図的に排除しています。

  • LINE WORKS画面イメージ(ワークスモバイルジャパン公式サイトより)

山本:あえて機能を限定することで、わかりやすさを重視しているということですね。ただ、LINE WORKSはグループウェアとしての機能も持っていますよね。トーク機能以外にもカレンダーやアドレス帳、Drive、掲示板、タスクなどが使えます。こうした機能群はユーザーさんにはどう受け止められているのでしょう。

一柳:本当にシンプルにするなら機能ごとにアプリを分けた方がいいのですが、モバイルで複数のアプリをインストールしてもらうのは至難の業なんです。入れられるアプリの数にも限界がありますし、スマートフォンの“一等地”であるホーム画面下部に置いてもらえるアプリはわずか4つ。わかりやすさとのバランスを考え、LINE WORKSに機能を集約することで「仕事を始めるときはまずLINE WORKSを開く」という立ち位置を狙っています。

山本:UXやUIに関してLINEを意識した部分はあるのですか?

一柳:それはありますね。人間って慣れているものを使うのがもっともラクなんです。そうなると、これだけLINEが浸透しているわけですから、LINEのUI/UXを踏襲することで使い方の“トレーニング”を少なくできるメリットがあります。一方であまりにもLINEと似せてしまうと、仕事用のLINE WORKSでしていた会話を個人用のLINEに間違って送ってしまうなどのデメリットもあります。

そうならないように、LINE WORKSの画面はわずかにLINEとは異なるものにしています。例えば、吹き出しの形を微妙に角張ったものにしています。そうすることで、LINEと似ていながらもどこか違う印象を与えつつ、仕事用ということで少しだけきちんとした見え方も実現しているんです。

「すべての機能を使ってもらわなくていい」

--では、Bill Oneの体験設計で意識していることは何でしょうか。

山本:ユーザーの属性を考えて体験設計をしている点はBill Oneも同じです。請求書に関わる業務というと経理をイメージされるかもしれません。しかし、実際には購買や営業などの他職種でも請求書を送ったり、請求書を受け取って処理したり、部下の請求書を承認したりすることはあるでしょう。そうした業務を誰がどのように行っているのかを想定して体験設計を行っています。

例えば、現場が請求書を受け取って、それを会社に申請する場合、いろいろな人の「はんこリレー」があって、最終的に経理が支払い処理を行うという業務フローが考えられます。その際、請求書を受け取る人、はんこを押す人、支払い処理をする人と、それぞれで役割は少しずつ違うので、各役割に最適化されたUXであることを意識しています。

  • Bill One 画面イメージ 提供:Sansan

    Bill One 画面イメージ 提供:Sansan

一柳:なるほど。会計というのは、その会社独自のやり方や文化が現れる部分だと思いますが、そうした各社のやり方に対応できるような柔軟性を持たせているということですか。

山本:そうですね。さまざまなケースを想定してたくさんの機能を提供しています。もちろん、それらをすべて使っていただく必要はありません。もともと会計ソフトを導入されているようなお客さまですと、ただ請求書をデータ化してくれればそれでいいという場合もあります。支払い処理にExcelを使っているお客さまであれば、「Bill OneでCSVが取り込めますからもっと便利になりますよ」と提案することもあります。その時々で便利に活用していただければいいという考え方です。

とは言うものの、Bill Oneとして目指すところは先ほど述べたように「経理という業務をなくす」ことなので、Bill Oneを通して少しずつワークフローを変革し、DXを進めていただきたいという想いもあります。

一柳:SansanやEightといった既存サービスとの共通性みたいなものはあるのですか。

山本:はい。UI/UXについてはガイドラインがあり、Sansanなど他のサービスも含めてある程度、統一性を持たせています。ただ、重要なのはお客さまのやりたいことができるかどうか、課題を解決できるかどうかです。その設計に最も時間をかけています。

多機能とシンプルさ、サービス拡大に伴うジレンマ

一柳:弊社でもユーザーヒアリングを行うのですが、話を聞いていくとやりたいことがどんどん出てきて、提供したいユーザー体験の方向性が広がり、収拾をつけるのが難しいと感じることもあります。そんな時に山本さんはどうしていますか?

山本:やりたいことは機能として実装しつつも、サービスとしてのデフォルトの部分はシンプルさを失わないように注意しています。言い換えれば、シンプルに利用できるけど、やりたいことを実現できる拡張性を持たせるということですね。

一柳:やはり、その2つの間で悩みますよね。実はこのテーマは個人的に悩んでいるところなんです。というのも、LINE WORKSは8割がモバイルユーザーですが、サービスが拡大した結果、パソコンユーザーも2割ほどいるからです。

そうしたユーザーからは多機能を求められることもあるのですが、LINE WORKSがモバイルを中心に設計している以上、やはりどうしても実装できないケースというのも出てきます。現在のところは最大公約数を探りながら設計を進めています。

山本:難しいところですよね。Bill Oneも一時期、機能を整理したことがありました。ユーザーさんの99%が使っていない機能があって、その機能を削らないと画面構成の見直しが進まない事態が起きたんです。結局、1%のユーザーさんには申し訳ないのですが、その機能は削ることにしました。

--UI/UXと、それらを実現するための体験設計のこだわりを教えていただきありがとうございます。それぞれのサービスで特徴がある一方、共通の課題もあるなど貴重なお話が伺えました。最後に対談の感想をお願いします。

一柳:Bill Oneという特定のプロセスに特化したサービスのお話を聞くのはとてもおもしろかったです。特に、いかにユーザーさんの業務に食い込むかという観点は、私にとっても大きな学びになりました。

山本:これだけ多くのユーザーさんに広くリーチされているLINE WORKSのお話はとてもおもしろかったです。また、たくさんのユーザーを抱えているからこその悩みも興味深いものがありました。ありがとうございました。