アンガラーA5ロケット誕生

アンガラー1.2PPの試験成功の興奮冷めやらぬ中、打ち上げから1週間後の2014年7月15日には、早くも大型ロケット版のアンガラーA5ロケットが、フルーニチェフ社の工場からプレセーツク宇宙基地へと搬入された。そして11月10日には発射台に立てる試験が実施された。

アンガラー1.2PPと同じように、このアンガラーA5の1号機にも特別にアンガラーA5-1LMという名前が与えられることになった。1LMとは「1番目の打ち上げ機械=1号機」を意味するロシア語(Первая лётная машина)から取られている。なお、フルーニチェフ社はアンガラーA5.1Lという名前で呼んでおり、表記に揺れが見られる。

アンガラーA5-1LMはモスクワ時間2014年12月23日8時57分(日本時間2014年12月23日14時57分)、プレセーツク宇宙基地の35/1発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約12分後に上段のブリースMが分離された。この時点でアンガラーA5の役目は終わり、あくまでアンガラーA5に限っては成功と言えた。

発射台へ向け輸送されるアンガラーA5-1LMロケット (C)Ministry of Defence of the Russian Federation

アンガラーA5-1LMロケットの打ち上げ (C)Ministry of Defence of the Russian Federation

その後ブリースMは4回に分けた燃焼をこなし、打ち上げから約9時間後の日本時間23時57分に、目標の静止軌道へ到達した。ブリースMの先端には人工衛星を模した質量2,000kgの重りが搭載されており、両者は結合されたまま、この後静止軌道を離れて、他の静止衛星の邪魔にならないよう、より高い軌道へと移る予定だ。

アンガラーA5が飛行したのも、またアンガラーが人工衛星を軌道に乗せたのも今回が初めてのことだ。1992年の開発決定から約22年、ロシアだけの力でロケットを造り、ロシアの地から打ち上げるという努力は、ついに実を結んだ。

待ち受ける壁

アンガラーA5が成功したことで、次はいつプロトーンMの跡を継ぐかが焦点となる。現時点では2020年ごろをめどにしているとされ、遅くとも2025年には、アンガラーA5の生産数が、プロトーンMの生産数を上回る予定だという。だが、その道のりは簡単ではないだろう。

アンガラーA5は今後、10機、20機と打ち上げ、成功を重ねて、信頼性を確立する必要がある。それはどんな新型ロケットでも同じことではあるが、しかし、最近のロシアのロケットは失敗が目に見えて増えている。それも、プロトーンMなど従来からあるロケットの失敗では製造や検査のミスとされ、1990年代以降に開発された上段のブリースMなどで起きた際には、設計段階のミスとして結論付けられていることが多い。つまり今のロシアの宇宙開発は、昔からあるものを造り続ける能力も、また新しい物を造り出す能力も、その両方が失われつつあるということだ。

アンガラーはこの2つの壁を乗り越えていかなければならない。そしてそれはアンガラー自身だけでどうこうなる問題ではなく、ロシアの宇宙開発、宇宙産業全体の問題でもあり、乗り越えるのは至難の業だろう。すでにプーチン大統領やロゴージン副首相の肝いりで、宇宙産業の改革が始められてはいるが、それが成功するか否か、改革が完遂されるのがいつになるかは、今の段階ではまだ分からない。

その中で今回のアンガラーA5の成功は、ロシアにとってひとつの希望となったのは確かだろう。また今後、アンガラーの開発がどう進むかは、改革の進捗と成否を見るための試金石となるはずだ。

モジュラー式は成功するか

アンガラーはロシアの宇宙開発にとって重要であるばかりではなく、人工衛星打ち上げロケットの分野全体にとっても画期的な機体になる可能性を持っている。

この連載の第1回で述べたように、アンガラーはモジュラー式という設計思想を採用している。モジュラー式には、小型ロケットから超大型ロケットまでを、それぞれ別の新しいロケットを造ることなく実現でき、また部品を大量生産することになるため、コストダウンも図れるといった利点がある。

だが良いことばかりではない。規格化された各段を組み合わせて、異なる能力のロケットを造るということは、それぞれのロケットに合わせた最適化ができないため、ロケットそのものの性能は落ちる。またロケットのどこかで問題が見つかれば、すべてのロケットの運用に影響が出る。

モジュラー式の思想は、これまでも限定的にではあるが、いくつかのロケットで採用されてはいる。例えば米国のデルタIVは、デルタIVヘヴィという構成で第1段を3基束ねている。また日本のH-IIAの固体ロケット・ブースター(SRB-A)とイプシロン・ロケットの第1段の共通化も、限定的なモジュラー式のひとつの見ることができよう。しかし、まったく同じ部品を組み替えて小型ロケットから中型、大型、超大型までを実現するという徹底したものは、アンガラーの他には、中国が開発中の長征五号、六号、七号ロケットぐらいしかない。つまり、成功するかどうかはまだ未知数だ。

アンガラーのモジュラー・システム (C)khrunichev

次世代長征ロケットのモジュラー・システム。左から長征五号、七号、六号 (C)CNSA

バイカール・フライバック・ブースターの行方

アンガラーについて語る上でもうひとつ忘れてはならないのが、バイカールと名付けられた翼付きブースターの存在だ。バイカールはRD-191エンジンを持ち、またそれとは別にジェット・エンジンと展開式の翼も持ち、単独で飛行機のように飛行もできるようになっている。バイカールはアンガラーA3やA5の、第1段のURM-1のように装着されて打ち上げられ、高度約75kmで燃焼を終えて分離される。そして翼を展開し、ジェット・エンジンで飛行して、滑走路に着陸する。その後整備を行い、ふたたび打ち上げに使うことを計画している。またバイカール自体を第1段とした小型ロケットを造ることも計画されている。

バイカールのイメージとそれを用いた小型ロケットのイメージ (C)Molniya

フライバック・ブースターは、機体を再使用することによってコストダウンが図れ、加えて地上に落下物が生じないため、安全性が高く、環境への影響もない、といった利点がある。特に地上への落下物がないという点は、プレセーツク宇宙基地から極軌道以外の地球低軌道や静止トランスファー軌道、静止軌道に打ち上げる際に、ロシア内陸に第1段や第2段を落とさなくて済むようになるため、大きな利点となる。もっとも、現在ロシアの極東部に建設中のヴァストーチュヌィ宇宙基地が完成すれば、その点の必要性は失われることにはなるが。

バイカールの開発は、かつてソ連のスペースシャトル、ブラーンを製造したNPOモールニヤ社が担当しており、2001年7月に開催されたパリ航空ショーにモックアップが出品された。しかしその後続報はなく、またアンガラー自体の開発すら満足に進んでいなかったことから、バイカールの開発は、それ以上に進んでいなかったと思われる。

だが、アンガラーの実用化にある程度のめどが立った今、バイカールの開発が本格的に再開される可能性もある。またフライバック・ブースターという構想は、方式は多少異なるが、米国のスペースX社もファルコン9-Rロケットで実現しようとしており、今後新型ロケットを開発する際のトレンドとなる可能性もあるだろう。

モジュラー・ロケットとフライバック・ブースターは、ずいぶん昔から、未来の宇宙ロケットの姿として思い描かれてきた。ロシアの新たなる宇宙への翼として誕生したアンガラーは、同時に宇宙ロケットの未来へ向けても、羽ばたきはじめたのである。

参考

・http://www.khrunichev.ru/main.php?id=1&nid=3098
・http://structure.mil.ru/structure/forces/cosmic/news/more.htm?id=12004474@egNews
・http://www.russianspaceweb.com/baikal.html
・http://ria.ru/defense_safety/20140911/1023683556.html
・http://www.buran.ru/htm/strbaik.htm