1万人以上の調査対象者にタブレットを配布し、アンケートデータの収集に活用しているビデオリサーチ。従来の紙によるアンケートから、タブレットによる調査システムを導入したことで、どのような効果が得られたのだろうか。ビデオリサーチの担当者に話を聞いた。
ライフスタイルの多様化が調査項目の増大に繋がった
ビデオリサーチは、テレビ番組の視聴率をはじめとして、さまざまなメディア・マーケティングデータを提供していることで知られる企業だ。同社は2014年10月に、全国主要7地区において一般生活者1万人以上に対して通信機能付きタブレット端末を配布して調査する国内最大規模のシングルソースデータサービス「ACR/ex」をリリースしている。
「ACR/ex」の前身となる「ACR」は、1976年のスタート以来、紙によるアンケートで回答を収集してきた。調査員がアンケート用紙を配布して後日、回収した後に、データを入力・集計といった工程を踏むため、調査からデータ化まで約4カ月を要していた。
この「ACR/ex」では紙に代わってデータ通信対応のタブレットで調査。情報を直接送信してもらう形に変更したことで、調査工程の短縮化を実現している。
長年続いた調査方法を大きく変更したもうひとつの理由として、同社のソリューション推進局ACR/ex事業推進部長の岩城 靖宏氏は「ライフスタイルの多様化で、生活者の特性を捉えるための情報量が膨大になってきた」という点を挙げている。
紙の調査票の場合、"男性向け"といった特定層に向けた質問であっても、全ての項目をアンケート用紙に用意しなければならず、その膨大な量と煩雑さは対象者の心理的な負担となり、回答に影響を与える可能性がある。
だが、タブレット端末を利用することで、対象者のセグメントごとに必要な設問のみが現れるようにコントロールできることや、回答する画面が瞬時に現れることによる「ストレスフリーな環境」が提供できることを魅力に感じたという。
これに加え、継続して回答してもらえるような工夫が実現できることや、調査対象者の継続した変化を捉えられるメリットを岩城氏は導入の理由として挙げている。
従来の調査方法をデジタルでも実現できるタブレットという選択肢
単にタブレット端末と言っても、通信機能付きであれば、ビデオリサーチ側と調査対象者側、双方に負担のない形でアンケートの頻度を上げることができ、季節に応じたデータの変化を知りたいというクライアントのニーズにも応えられる。
調査対象者全員にタブレットを配布する結論に至った理由は「調査対象者のデバイス環境に一切影響されることがなく、同一の環境で調査することが可能だから」と岩城氏は答える。
このACR/exのデータは市場全体の推計を可能とするため、対象者を無作為に抽出している。そのため、すべての対象者がPC所有者とは限らないし、それぞれ調査環境が大きく異なることは管理上無理があることは容易に想像がつく。より所有率が高い携帯電話やスマートフォンを使うという手もあるが、画面が狭く調査内容を表示しきれない。これに加えて、テレビを見た時間や食事をしていた時間、買物をしていた時間などを用意したスケール上に線を引いてもらうことで回答する"線引き式"と呼ばれる回答形態への対応が困難という問題があった。
そうしたことから画面サイズが大きく、紙のアンケートと同じ回答形態が実現できる、タブレットの採用に至ったのだそうだ。
だが、ACRは40年以上調査を続けているデータであることから、紙からタブレットへと調査方法を変えたことで回答の傾向と質が大きく変化することで継続性が失われてしまうのではないかという懸念もあった。そこで、2012年度より実際にタブレット端末を使って調査実験を実施。従来と回答の傾向と質に大きな変化がないことを確認できたことから、2014年度から本格的な運用とデータ取得を開始し、同年10月にACR/exのサービスリリースへと至った訳だ。
タブレット端末の活用によって、サンプルの代表性を担保しながら、定期的な調査とスピーディなデータ収集を行うことで、より的確で多面的な生活者の情報を迅速に提供することが可能となった。
iOSではなく、Androidという選択
ビデオリサーチがACR/exの導入に当たり、採用したのはNTTドコモの富士通製Androidタブレットになる。当初はiOSとAndroidのどちらを採用するか検討していたそうだが、Androidに決めた理由はMDM(モバイルデバイス管理)にあったと岩城氏は話す。
調査対象者に配布するタブレットはあくまでアンケート回答用である。ITに関する知識があるとは限らない対象者が操作で混乱しないためにも、想定している以外のアプリや機能が画面上に表示されないというのが、導入する上で必須だったそうだ。
だがiOSの場合、当時はMDMを導入しても設定画面を開くのを防げなかった上、OSのバージョンアップ通知が自動的に出てきてしまうなどの問題があったという。そのため「Androidの方が我々のニーズに合った管理ができる」(岩城氏)と判断し、Androidタブレットの導入に至ったのだそうだ。
富士通製の端末を採用したことから、導入しているMDMも富士通製になったと、岩城氏は話す。リモートでの監視にも対応しているそうで、モニターが別のSIMカードを挿入し、別の用途に利用しようとした場合でも、その動きを感知して情報をフィードバックし、監視できる仕組みを備えているとのことだ。
またNTTドコモのタブレットを選んだ理由について尋ねると、導入を検討した当時、LTEによる通信機能を内蔵したAndroidタブレットを提供していたのがNTTドコモだけであったことが大きいと、岩城氏は答えている。
他社はWi-Fiルーターとのセットによる提案であったが、多数いる調査対象者に対して複数のデバイスを貸し出すと、対象者側の取り扱いが面倒になることに加えて、デバイスの発送と返却時の管理にかかる手間が非常に煩雑になってしまう。多くのデバイスをシンプルに管理できるようにするためにも、回線と端末がセットになっていることが、導入する上で必須だったようだ。
ちなみに調査対象地域は、東京駅を中心とした50km圏内、及び7大都市圏と、都市部を対象にしていることから、導入する上でネットワーク面での不安はあまりなかったとのこと。
それでも、「実験開始当初は現在ほど、LTEのエリアが広くカバーされている訳ではなかった」とソリューション推進局ACR/ex事業推進部主事の岸 斉史氏は話す。それゆえモニターが住む地域でLTEに接続できるかどうかを、NTTドコモ側と情報共有しながら、電波対策などを進めていったそうだ。
なお実際に導入した台数は、実験段階では140台であったが、本番のサービス用として約1万5000台と、大規模な導入となっている。調査対象者の数は7つの地域で1万人以上だが、それを大きく超える台数を導入した点には、いくつかの理由があるという。
1つは、東京とそれ以外の地域のモニターとで、端末を貸し出すサイクルが異なること。東京以外のエリアでは春先の3ヵ月だけの協力となるが、東京はデータのニーズが高く、調査対象者を半年毎に入れ替えながら1年を通じて調査を実施しているのだという。
入れ替え分の台数をあらかじめ確保しておかないと、スムーズな入れ替えができず調査に途切れが出てしまうことから、余分に台数を確保しているそうだ。
そしてもう1つは、「対象者を説得したり、アンケートの回答動向をチェックしたりする調査員にもタブレットを活用してもらっている」(岸氏)ためだという。
センシティブな情報を取り扱うが故に、セキュリティは慎重な検討を
全国で1000人近くいる調査員も、従来は調査対象者の個人情報などを紙で管理していたそうだが、ACR/exの導入を機にタブレットを活用した管理へと変更。これによって、調査員が担当する対象者が、どの程度アンケートに答えているかなどをリアルタイムに確認でき、相手に応じた対応がよりしやすくなったとのことだ。
また、調査対象者と調査員のタブレットでは、利用しているネットワークも変えているとのこと。対象者向けの端末には「ビジネスmoperaインターネット」を用い、VPNを組み合わせることでアクセスできるURLの制限などを実施した。
だが、調査員用の端末では個人情報を扱うことから、ドコモの閉域網サービス「ビジネスmoperaアクセスプレミアム」を利用。ビデオリサーチの社内システムに直接接続することで、インターネットなど他網からのアクセスを遮断し、一切情報が出ない仕組みにしている。
もちろん、専用線を用いるとなるとランニングコストも高くなってしまう。だが「一般生活者から情報を頂いてビジネスしている以上、個人情報の保護は最も大事な部分」(岩城氏)であることから、セキュリティの確保には強いこだわりを持って取り組んだそうだ。
ドコモによると、特に個人情報を扱う企業様から高いセキュリティを備えたネットワークの要望を受けており、金融機関や医療機関など同様の閉域網サービスを導入しているという。
タブレット導入でデータ量は増大も、クライアントに「より最適な答え」を
では実際のところ、タブレットを導入したことによるメリットはどのようなところに現れているのだろうか。この点について岩城氏は、「対象者に対する質問の量を10倍相当に増やし、従来より多角的なデータを、継続的に取得できるようになった」など、導入当初の目的をしっかり果たすことができていることが、大きなメリットになったと答えている。
だが、データが増えたということは、その分データを分析する労力も大変なものになるはずだ。
そこでビデオリサーチでは、ACR/exの提供に合わせて、分析に必要な要素は拡張しつつも使い勝手を向上させたASPサービス「VR-CIP」を開発。これを用いることにより、性別や年齢だけでなく、特定の商品を利用している人などより細かなターゲットに関する情報を、顧客が簡単に深掘りできるようになったという。
「紙で同じことをするのに比べればコスト上がっているが、データと使い勝手が充実したことでクライアントからも好評をいただいている」と岩城氏は話しており、ビジネス面でも成果が上がってきているようだ。
では今後、ACR/exをより充実させていく上で、どのような取り組みを考えているのだろうか。岩城氏は「まずはタブレット上で調査対象者がより使いやすく、回答しやすくするためのメニューやインタフェース開発を進めること。だが、次に進めるべきは環境面で対象者に回答してもらいやすくする仕組みを整えることではないか」と話している。
そうしたことから将来的には、タブレットだけでなくスマートフォンでも回答できる環境を構築し、今購入した商品に関する情報など、リアルタイムな回答を得られる仕組みを作り上げていきたいとしている。
さらに、スマートフォンを利用すれば日常生活のあらゆる行動のログを取得できる。もちろん対象者の了解を得た上での話しであるが、そうしたログを活用した商品サービスを開発することも、技術的に見れば不可能ではない。
ただ、ログの取得には「自分の日々の行動情報を取られることに抵抗を抱く人が少なからずいるため、無作為抽出した方への導入はハードルが高い」(岩城氏)。そうしたことから、スマートフォンを用いた商品サービス開発は個人情報の保護も念頭においた上で、パーソナルデータの利活用を慎重に考える必要があると岩城氏は話している。