東日本大震災・原発事故から4年、今も立ち入りが規制され住むことができない福島県浪江町では町民約1万8000人が福島県内外で避難生活を続けている。遠方に避難した町民も多く、かつての近所づきあいはほとんど失われたままだ。そこで、浪江町ではタブレットを利用して町民の絆再生に役立てる取り組みを始めた。
タブレットで町民の絆をつなぐコミュニケーション
「他の被災地でも、被災者支援を目的にタブレットを導入した地域はありましたが、結局町民の活用が進まないという話は聞いていました。浪江町でも過去にデジタルフォトフレームを導入したもののさほど利用が進まなかったという苦い経験もあります」と復興推進課 主幹の小島哲氏は振り返る。
ツールを提供するだけではなく、町民1人1人に使ってもらえなければ意味がない。そこで同役場では、「アイデアソン・ハッカソン」(『アイデア』+『マラソン』、『ハック』+『マラソン』の造語で、IT技術者だけでなく多様な人々が集い、テーマに沿ったアプリケーションのアイデアを考えるワークショップとアイデアを元にした試作品を開発するイベント)という手法を取り入れ、町民の声を反映したアプリの開発に取り組んだ。
最初に仮設住宅など町民の避難先を訪問して聞き取り調査を行い、対象となるユーザー像を5つに分け、それをもとにアイデアソンを6回実施した。町民、IT技術者など400人以上の人々が参加し700以上のアイデアが出たという。さらに、集まったアイデアをもとに、エンジニアに集まってもらい、アプリを試作して町民に評価してもらうハッカソンを東京と福島で1回ずつ開催した。取り組みには、ITを活用して地域課題の解決を目指す市民団体でアイデアソン・ハッカソンに豊富な経験を持っている一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)にも協力を依頼した。
「ハッカソンで評価の高かったアプリを開発して町民に使ってもらったところ、まったく興味を持ってもらえませんでした。ボタンはまったく押されず、ページのスクロールを想定した画面も、そういう感覚がない町民にはどう触っていいか分からなかったようです。ITツールを触ったことがない方々に直感的に使ってもらうことの難しさにあらためて気付かされました」と語るのは、Fellowship(ITスキルを持った人材に常駐してもらう取り組み)として復興庁から同役場に派遣、技術面をサポートしている吉永隆之氏だ。
ワンタッチで欲しい情報に辿り着くインタフェースに改編
ITツールに触ったことのない人でも、直感的に扱えるツールを目指し試行錯誤を繰り返した結果、浪江町のタブレットは非常にシンプルな作りに落ち着いた。電源を入れると、画面中央には3つのアイコンが並ぶ。浪江町のニュースアプリである「なみえ新聞」は、平日の午後5時に更新され、福島民報の記事や、福島テレビがYouTubeで配信しているお昼のニュースが自動的に取り込まれる。
「町民の要望をヒアリングした結果、福島県外に避難されている方は『福島県』のニュースを見る機会がないため、福島に特化した情報が喜ばれます」(小島氏)
また、「おくやみ情報」も閲覧率が高いという。
「ご近所で亡くなられた方があると当番でお葬式を手伝ったりする、昔ながらの付き合いがある地域のため、おくやみは、町民にとって一番欲しい情報の一つです。新聞社と交渉して、コンテンツとして組み込みました」(吉永氏)
ふたつめのアプリは、町民が記者となって写真を投稿できる「なみえ写真投稿」だ。各仮設住宅や避難先のイベントや孫、ペットなどの写真をタブレットで撮影しアプリから投稿すると翌日のなみえ新聞に掲載される。
「1日の投稿数平均は15~20件ほど。桜の季節には多い日で40件近く全国の避難先から桜情報が届きました。当初はこんなに投稿してくれるとは思っていなかったので驚いています。避難先でどんなふうに過ごしているか、写真を通して共有できる場としてニーズが高かったようです」(吉永氏)
最後は、タブレットの使い方を動画で学べる「なみえタブレット道場」アプリだ。タブレットの使い方に親しんでもらおうと役場職員も柔道の胴着を着て出演している。全24巻あり、受講を進めると、白帯から黒帯へと帯の色もレベルアップする。「最初と最終巻には町長が動画で登場して激励します。町民のみなさんにとっては、久しぶりに町長の動画を見られるのも高評価のようです」(小島氏)
各アプリの内容は、以下の動画で紹介している。
このほか、タブレットのトップ画面で、動いたりしゃべったりしているのがタブレットキャラクター「うけどん」だ。タブレットは機械的なので愛着をもてるペットのような存在が欲しいとの要望を反映し町民公募で誕生したキャラクターで、浪江弁をしゃべる。県外に出てしまうと方言を聞く機会もなくなるので懐かしいと好評だという。
「最初は、もっと他に機能を盛り込んでいましたが、今はこれだけ。ワンタッチで、目的の記事に到達できるようにしました。投稿された写真にいいね!をつけたり、スクラップしたりする機能も検討していましたが、慣れていない高齢者には見えていないようだったのですべて外しました。シンプルにすることで、逆に使ってもらえるタブレットに到達ました。アプリに『新聞』とつけたのも、毎日見るもの、身近なものと連想しやすいタイトルにしました」(吉永氏)
研修とコールセンター機能で使えるまでフォロー
町民が使えるアプリの提供と併せて、役場が力を入れたのが、タブレットの使い方を研修する講習会とコールセンター機能によるユーザーサポートだ。講習会とコールセンターは、ソフトバンクのサービスを利用した。
講習会は全国各地40カ所で40回開催し、約1700人が参加した。会場には梱包を解かない状態でタブレットを持参する町民も少なくなかったという。
「最初は、おっかなびっくりタブレットに触れていますが、講習を進めるうちに楽しく操作できるようになります。講習は、町民たちのコミュニケーションの場になったというメリットもあります」(小島氏)
講習に参加できない町民や、講習後も操作が分からなくなったといった町民の問い合わせ窓口として、コールセンターも設置した。
「操作説明には1~2時間も費やす場合もありますが、丁寧に対応してもらっているので助かっています」(小島氏)
「放射能情報を周知するアプリを近々にリリース予定です。このほか、なみえ新聞にいいね!機能を足すなど、もう少し双方向性のコミュニケーション機能を追加したいと考えます。また、テレビ電話やメッセージは、LINEを推奨していますが、操作性が難しいようなので、もっと簡単な連絡ツールの開発など、町民がより使いやすいタブレットになるよう、今後も改良していく予定です」(吉永氏)