今回以降も電子回路シミュレータを用いていきますが、現代の電子回路設計はシミュレーションなしにはなりたちません。アナログ電子回路においても同じです。本来は、より理論的な理解をもとに回路設計をすることが正攻法ではありますが、「まずは動かしてみよう」という視点に立って、本連載では本当に基本的な理論的理解をもとにシミュレーションと製作で体感的に進めてみます。
連載で使うシミュレーションツール
図2-7-1は電子回路シミュレータの例です。筆者の所属するアナログ・デバイセズでは「NI Multisim Analog Devices Edition」という無料のシミュレータをWebサイト上で公開しています。ここではそのNI Multisimを用いて説明していきます。Analog Devices Editionは使用回路数の制限がありますが、普段の回路設計では十分です。
ちょっと休憩 - アナログ回路技術の現状「低電圧化・高速化」
ここまで理論的な話をしてきましたが、次から実際の製作に進んでいきたいと思います。その前に一休みではありませんが、現代のアナログ回路設計の状況についてお話しておきましょう。
最初にお話しましたが、アナログ電子回路技術はレガシー技術ではなく、現代では無くてはならない最先端の技術です。この最先端の技術で最近加速的に進んでいることが「低電圧化」と「高速化」です。
1つの最近の動向 - 「低電圧化」
電子機器の携帯化により電源(つまり電池パック)に小型化が要求されています。そのため電池の容量が厳しくなってきています。電池技術開発で小型化が実現され、かつ重量比や体積比での電力容量の向上が進んできています。しかし一方で、電池の電力容量自体も必要です。
現在はこれらの狭間を狙い定めて、サイズ・容量が決定され、利用されていると言えるでしょう。その状況の結果として機器内部に供給する電圧を低くして、長時間の運用を実現しています。
市場全体のこのような情勢により、アナログ回路に対しても「電源の低電圧化」が要求されています。「電源の低電圧化」においてデジタル回路と異なることは、図2-8-1のように回路の入力だとか出力でのアナログ信号の振り幅が低電圧化により、小さくなってしまうことです。
電源の「低電圧化」により回路のSN比が低下してくる
振り幅が制限されるということは、信号対ノイズ比(SN比)が低下することになります。ノイズというのは図2-8-2のように回路内において、ある一定のレベルでいつも生じているため、信号の大きさが小さくなれば、そのままSN比が低下することにつながります。
たとえばポータブルオーディオ機器を考えてみると、高いSN比求められますから、ここまでの説明で技術的な困難度が高いことは容易に想像できると思います。
もう1つの最近の動向 - 「高速化」
パソコンのCPUクロックを例に挙げるまでもなく、アナログ電子回路に限らず電子回路全体で、回路が動作する周波数が高速化してきています。アナログ電子回路として考えてみると、高解像度画像回路などが近年の高速化の例と言えるでしょう。
デジタル回路の高速化技術ではアナログ回路の基本的な理解をすることで、かなり高速になってきても対応ができるようになってきますが(より高速なギガビット伝送などでは、以下に挙げるような高周波回路技術などハイレベルなアナログ回路技術も必要になるが)、高速化したアナログ回路は、さらにいろいろな回路技術やテクニックが必要になってきます。
アナログ回路技術者でも「低速な回路、まあ……オーディオ周波数くらいまでなら」という範囲を設計できる技術者ならばそれなりに存在しますが、高い周波数まで設計できる(欲を言えば以下に示すような高周波アナログ回路技術もわかれば)技術者というとかなり少なくなります。
この連載の最初に示したように、このさらに人材が不足している高速アナログ回路分野が判る技術者になれれば、より自分の武器と世界が広がると考えられます。
アナログ回路技術の高速化の粋、高周波回路
高周波回路も高速アナログ回路の1つです。高周波回路も最近は数GHzと非常に高い周波数を活用するようになってきています。ハイスピードデジタル回路もそうですが、この分野もアナログ回路技術が非常に高いレベルで活用されている先端領域だと言えるでしょう。
著者:石井聡
アナログ・デバイセズ
セントラル・アプリケーションズ
アプリケーション・エンジニア
工学博士 技術士(電気電子部門)