ALMAのシステム構成
ALMA電波望遠鏡は、外観上はパラボラアンテナが目立つが、アンテナ以外もハイテクの塊である。ALMAのシステムは次の図のような構成になっており、アンテナに組み込まれた受信機とA/Dコンバータ、各アンテナからの信号に適当な遅延を加えてタイミングを合わせ、アンテナ間の信号の相関を計算して開口合成を行う相関器(Correlator)、その信号をOSFに設置されたサーバに送るコンピュータがある。そして、各アンテナの信号のタイミングを揃える基準信号系の装置がある。これらの主要装置については、後で詳しく説明していくので、ここでは、このような系でシステムが構成されているということを理解していただけば良い。
ALMAのシステム構成(出典:"Precision Timing Control for Radioastronomy Maintaining Femtosecond Synchronization in the Atacama Large Millimeter Array",IEEE CONTROL SYSTEMS MAGAZINE, FEBRUARY 2006) |
ALMAでは31GHzから950GHzの電波を観測する。無線LANに使われている電波は2.4GHzであるので、それの13倍から400倍という非常に高い周波数の電波である。この電波はパラボラアンテナで集められ、受信機に送り込まれる。1つの受信機ではこのような広い帯域の電波を処理することは出来ないので、ALMAでは、この周波数帯を10個のバンドに分けて、それぞれのバンドを担当する受信機を持つ構成になっている。
高い周波数の電波を直接処理するのは難しいので、27GHz~938GHzの局部発信(Local Oscillator:LO)信号を使って差分を取り、4~12GHzの中間周波数(IF)の信号に変換する。このIF信号をさらに2GHzごとの帯域の信号に分割し、それをA/Dコンバータでデジタル化してAOSに設置された相関器に送る。
相関器は、開口合成に必要となるアンテナペアからの信号の相互相関を計算する。この相関器は専用のスーパーコンピュータであり、12mアレイの相関器は17ペタ演算/秒(17PFlops)という高い演算性能をもっている。そして、処理された相互相関データはデータ処理用のコンピュータを経由して、光ファイバケーブルでOSFに送られる。
アンテナやAOSのある場所は標高5000mであり、海面近くと比べると55%と空気が薄い。このため、空気の流れで磁気ヘッドを浮かせているHDDは信頼性が低下するので、山頂に設置されたコンピュータはSSD(Solid State Disk)を使っている。また、宇宙線起因の中性子によるメモリエラーの増加が予想されるのでその対策も取られている。さらに、空気が薄いと冷却用のファンの効率が下がってしまうとか、絶縁耐圧が減少してしまうということになり、すべての機器は5000mへの設置を考慮して作られている。
サブミリ波の開口合成には超精密な時間あわせが必要
開口合成を行うためには、離れた位置のパラボラの受信信号の光路差による受信時刻の違いを1サイクルより十分短い時間精度で検出する必要がある。ALMAが観測できる最も短い波長は約0.3mmであり、周波数でいうと950GHzである。950GHzの1サイクルは1.05psであり、この周波数の電波の開口合成を行うためには、数10fsで最大18km離れたアンテナからの信号タイミングを合わせる必要があり、これにはきわめて高い技術が必要となる。
ALMAの基準信号系は、次の図のようになっており、2つのレーザ光を光ファイバを使って各アンテナに送っている。この2つのレーザ光の周波数の差が基準となるLO信号となる。送られる基準信号は27GHz~122GHzの信号で、高い周波数バンドの受信機では、この信号を2、3、6、9逓倍してLOとして使用する。
タイミングの基準となるのはマスタレーザで、原子時計と同じルビジウムの吸収線を使って発振周波数を安定させたレーザが使われている。そして、マスタレーザ信号と周波数が調整可能なスレーブレーザとの差分を取り、それとシンセサイザで作られる12GHz~18GHzの信号を2、 5、 7逓倍したRF信号とをハーモニックミキサ内で混合して位相差を検出する。その信号をフィードバックするPLL(Phase Locked Loop)でスレーブレーザをマスタレーザの周波数からRF信号分だけずれた周波数で安定させる。このスレーブレーザの周波数の調整は、発振周波数を決める経路に入っている光ファイバを圧電素子で引き延ばすSlow Frequency Correction系と、調整範囲は狭いが高速で応答する光学圧電結晶を使うAOM(Acoust-Optical Modulator)からなっている。
ALMAの基準信号系の構成(出典:"Precision Timing Control for Radioastronomy Maintaining Femtosecond Synchronization in the Atacama Large Millimeter Array",IEEE CONTROL SYSTEMS MAGAZINE, FEBRUARY 2006) |
このマスタレーザとスレーブレーザの光は1本の光ファイバでアンテナに送られ、アンテナに設けられた光ミクサで差分を抽出する。そして必要に応じて逓倍してLOを生成する。
各アンテナに送られたマスタレーザの光はアンテナで折り返されて基準信号生成部でアンテナまでのラウンドトリップ時間が計測される。この時間は温度変化やアンテナの向きの変更などで光ファイバが伸縮することで変わるので、補正を行う必要がある。アンテナまでの距離の違いの粗い補正は、一方のアンテナからの信号を4GHzのAD変換のサンプリング間隔の整数倍遅らせて処理することで実現し、ファイバの伸縮などの細かい調整は、前の図にLLCと書かれた巻かれた光ファイバの束を圧電素子で引き延ばす機構で調整される。
このような基準信号システムにより、ALMAでは各アンテナにおける基準信号のタイミングずれは38fs以下に抑えられるという設計になっている。
高精度を出すために、至れり尽くせりの設計とも言えるが、国立天文台の木内准教授によると、まだ十分ではないという。マスタレーザからの光ファイバが温度変化や振動などで伸び縮みするとLO信号の位相が揺らいでしまう。また、アンテナまでの光ファイバの遅延は、アンテナからのマスタレーザ光の折り返し信号で検出しているが、光の速度(屈折率)は波長によって変わり、スレーブレーザ光は僅かではあるがマスタレーザ光とは遅延時間が異なり、現在の基準信号系ではこの差が補正されていないという。このため、国立天文台では、超高安定のマスタレーザを必要としない基準信号系や2つのレーザ光のファイバでの遅延時間の差も補償できるシステムの開発を行っているという。
基準信号系は4系統用意されており、各アンテナは、どれか1つの基準信号を選択して使用する。したがって、アンテナ群を最大4つのグループに分割して、それぞれ独立の観測を行うことも可能となっている。また、故障に備えて2系統の予備の基準信号系が設けられている。
(次回は9月12日に掲載予定です)