「飛行制御」「エンジン制御」と話が続いたが、それ以外の分野でもコンピュータや情報通信技術の活用が図られているので、その辺の話をまとめてみた。
旅客機のエンターテイメント関連機器
旅客機、特に長距離を飛行する国際線の場合には、乗客が長旅の無聊を慰めるためのエンターテイメント機器(IFE : In-Flight Entertainment)が必要不可欠である。昔から「映画」や「オーディオサービス」といったものはあるが、後者はともかく、前者はかつて、映写機やプロジェクターを設置して皆で同じ画面を眺めるという「映画館方式」が主流だった。
しかし今では、座席ごとに小型の液晶テレビを設置して、観たいときに観たいものを観られるようにするのが普通だ。すると、再生するコンテンツの種類やタイミングが座席ごとに異なるから、提供可能なコンテンツをすべてデジタル・データの形でサーバに保管しておいて、それを各座席に設けた液晶テレビに配信する、VOD(Video on Demand)みたいな仕組みがないと成り立たない。
すると、機内に設置したサーバと個々の座席を結ぶ機内LAN(Local Area Network)が必要、という話になってしまう。それならいっそのこと、オーディオサービスの方もデジタル化して、同じネットワークに載せてしまえば配線の数を減らすことができる。
旅客機となると座席の数が多いだけに、配線のために必要なスペースも重量も、そして配線を設置したりメンテナンスしたりする手間も、決して無視できるものではない。それをひとつのネットワークでまとめてカバーできれば、コストは減るし、重量も軽減できる。
そして軽量化が実現すれば燃費が良くなり、エアラインの経営改善につながる。お仕着せの内容とスケジュールではなく、観たいときに観たいものを観られるということになれば、乗客の満足度向上にもつながり、これも経営改善に資する要因となる。
ちなみに、アビオニクス大手のタレス社では、自社で手掛けているIFE製品の進化について、以下のWebページで簡単にまとめている。
また、インターネット接続を初めとする通信系のサービスも含めたIFE関連の概要については、以下のWebページにまとめられている。
たまたま目についたのでタレス社を引き合いに出したが、同社以外にもIFEを手掛けているメーカーはいろいろある。
飛行機も機内ネットワークの時代に
鉄道車両では編成間を貫通するデジタル回線に機能を集約する、いわゆる制御伝送化の事例が増えてきている。また、自動車も車内にネットワークを張り巡らせるようになった。そしてもちろん、飛行機もさまざまな電子機器を備えており、それらが互いに連接・連携する機会が少なくないことから、機内にネットワークを張り巡らせる時代になった。
特に民航機では前述したように、個別の座席ごとにエンターテイメント機器を設置するようになったため、その分だけ設計・艤装・システム構築の作業が増えて大変になっている。実際、エアバスA380旅客機のデリバリーが当初に遅れた一因は、この機内配線の分野で発生した重量超過だった。
効果がある分野とない分野が分かれそうだが、たとえば機上の電子機器を互いに連接させるような場面であれば、個別に機器同士をケーブルで接続する代わりに、関連する機器がすべて同じデジタル・データバスを共用するという考え方もある。そうすることで、少なくともデジタル・データバスの部分では配線を節約できる。
たとえば軍用機の世界では、レーダーやコンピュータや電子戦装置を互いに連接・連携させるために、MIL-STD-1553Bというデジタル・データバスの規格がある。ただし、この規格は策定された時期があまり新しくないので、高速化の要求もあるようだ。
それを受けたものなのか、既存のMIL-STD-1553Bに、もっと高い周波数のシグナルを重畳して高速な伝送を可能にする、Extended 1553というアイデアが登場した。配線はMIL-STD-1553Bのものをそのまま使い、シグナルを載せるための機器を追加すれば実現できる。なんのことはない、やっていることはxDSLと同じだ。
今後は光ファイバーに進む?
飛行機の場合、電磁波干渉の問題は他のヴィークル以上にクリティカルではないだろうか(飛行機以外のヴィークルが電磁波干渉に無頓着でよい、というつもりはないのだが)。
機体やエンジンの制御、あるいは航法などに関わる電子機器の誤動作は直ちに安全性に直結する問題になるし、その一方で干渉の元になる電磁波の発生源は多い。自前の電磁波発生源だけでなく、外部からの電磁波干渉もあり得る。実際、航空機を開発する過程では電磁波干渉に関する試験も行われている。
そのことを考えると、銅線よりも光ファイバーにする方が、少なくとも配線の分野では外部からの電磁波干渉に強くなる。もちろん、配線だけ電磁波干渉に強くしても、その先にある電子機器のボックスが干渉に弱いのでは効果が怪しくなるが、それはそれで適切に実装すれば対応できる話だ。
手近なところでは、海上自衛隊が開発と配備を進めている新型国産哨戒機・P-1は、操縦系統をフライ・バイ・ライト(FBL)にしている。つまり、銅線と電気信号を使用する代わりに光ファイバーと光信号で操縦系統に指令を出し、それを受けて動翼を動かしながら機体を操る仕組みだ。
たまたま身近なところに事例があったのでP-1のFBLを引き合いに出したが、それ以外のところでも、光ファイバー・ネットワークを使用する航空機が増えそうだ。そういえば最近では、新幹線電車の制御伝送系でも光ファイバーを使っている。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。