これまで、航空機、あるいはそれを支える地上のシステムにおいて、コンピュータや通信機器がどのように活用されているかという話を、いろいろと取り上げてきた。ところがよくよく考えてみると、「航空機に独特の運用環境」という話をまだしていなかった。実はこれが、航空機用の電子機器に深く関わってくる問題でもある。

飛行機の電源

飛行機に限ったことではないが、案外と一般ユーザーが気にしていないのが「電源」ではないだろうか。

さすがにクルマのバッテリーについては「バッテリー上がり」という問題があるから多少は意識するかも知れないが、たとえば新幹線の座席に設けてある電源コンセント。あれの交流100ボルトがどのようにして供給されているか、いちいち気にする人は滅多にいない。

しかしである。自作PCの世界で「電源の品質」が問題にされることでお分かりの通り、コンピュータを初めとする電子機器にとって、電源の良し悪しは無視できない問題である。

もうちょっと正確にいうと、供給される電力の電圧・電流・周波数(交流の場合)が安定しているか、不足がないか、といった類の話である。電圧が規定値を大きく下回ったり、周波数が規定値から外れたりすれば、機器の動作に影響しても不思議はない。

船舶(軍艦を含む)の場合、航行用のエンジンとは別に発電用エンジンを持っているのが普通だ。自動車なら走行用のエンジンに発電機を取り付けて済ませているが、艦船は停泊中にも電力を必要とする。停泊中は航行用エンジンは止まっているから、航行用エンジンに取り付けた発電機は使えない。よって、発電用エンジンを別に用意する方がよい、という話になる。

鉄道のうち気動車の場合、所要電力が少なければ走行用エンジンに取り付けた発電機と、そこから電力を供給する蓄電池で済ませている(つまり自動車と同じだ)。しかし、照明・放送・保安装置ぐらいならそれで用が足りるが、冷房装置を駆動させるとなると足りないので、別途、発電用エンジンを積むことが多い。

では飛行機はどうか。発電用エンジンを別に搭載して常時稼動させるのでは重量が増えてしまい、1ポンドでも軽く作りたい飛行機にとっては具合が良くない。だから、飛行用のエンジンに発電機を取り付けて使っている。ジェットエンジンの場合、圧縮機を駆動させるための軸が内部で回転しているので、そこに発電機をつないで回している。

(とだけ書くと、ジェットエンジンの詳しいメカニズムについて御存知ない方は戸惑ってしまうかも知れない。しかし、そこの解説を始めると「航空機とIT」ではなくなってしまうので、その方面の解説書などを御覧いただきたい)

自動車や艦船と同様、飛行機のエンジンも推力を上げたり下げたりする。離陸の際には全力を発揮させるし、巡航中は出力を絞る。ということは、それに合わせて発電機の回転数も上がったり下がったりすることになる。それでは発生する電気の電圧や周波数が安定しない。

定速駆動装置

そんな状態では困ってしまうので、航空機のエンジンに取り付けられた発電機は、実は圧縮機駆動軸に直結しているわけではない。間に定速駆動装置(CSD : Constant Speed Drive)というデバイスをかましている。

早い話が、入力側の回転数が変動しても出力側の回転数を一定に保つ機器である。回転数が変化すると電圧や周波数に影響が出るので、こういうデバイスが必要になる。

たとえば、川崎重工がこういうプレスリリースを出していた。

■航空機用一定周波数発電装置「T-IDG」を次期固定翼哨戒機(P-1)量産機向けに初納入
 http://www.khi.co.jp/news/detail/20101130_1.html


T-IDGとは「Traction Drive Integrated Drive Generator)の略だそうである。入力側の回転数は5,000rpm~10,000rpmの範囲で変動するが、出力側の回転を一定に保ち、常に400Hzの周波数を持つ交流を出力するというものだ。

もともと、定速駆動装置は油圧デバイスを使用するものが主流だったが、T-IDGはプレスリリース本文にもあるように、ハーフトロイダル型を使用しているそうである。つまりは無段変速機と同じ理屈で、回転数の変動に応じて変速比を変えることで出力側の回転数を一定に保つわけだ。以下のWebサイトに、ハーフトロイダルを使った自動車用変速機の分かりやすい図が載っている。

■NSK ホーム >> 製品情報 >> 自動車関連製品 >> ハーフトロイダルCVTパワートロスユニット
 http://www.jp.nsk.com/products/automotive/drive/hcvt/


そういえば、油圧式CSDの構造もトルクコンバータと似たところがあるようで、意外なところで技術の接点があるものだ。

余談だが、この発電機や油圧ポンプのように、エンジンに取り付いて、エンジンの動力を拝借して作動する各種デバイスのことを、総称して補機という。英語ではアクセサリーというが、もちろん装身具とは何の関係もない。

実はAPUがある

先に「飛行機は独立した発電用エンジンを積む余裕はない」と書いたのだが、厳密にいうと、これはちょっと語弊がある。補助動力装置(APU : Auxiliary Power Unit)を積んでいる飛行機は少なくないからだ。

APUとは小型のガスタービンエンジンである。ジェットエンジンは動力を排気ガスの噴出によって得るが、ガスタービンエンジンはそれを回転軸を回す方に振り向けている。だから、APUをいくら回しても推進力にはならない。

APUの主な仕事は、主エンジンが停止しているときに電力と圧縮空気を供給することである。電力はAPUに取り付けた発電機によって得られるし、圧縮空気はAPUの空気圧縮機からかっぱらってくることができる。油圧が必要なら、それもAPUに油圧ポンプを取り付ければ解決できる。

あくまでAPUは「補助」動力装置だから、主エンジンが始動すれば用はなくなる。その主エンジンを始動する際に必要となる圧縮空気もAPUから供給する。

「でも、APUもガスタービンエンジンなんだから、それを始動させるための圧縮空気が要るのでは?」と考えそうになるが、APUのように小型のエンジンなら電気モーターでも始動できる。それなら蓄電池から電源を供給すれば済むわけだ。

もっとも最近では、APUを作動させると燃料消費が増えるということで、地上に所要の設備を整えて電源や圧縮空気を供給できるようにしている空港も少なくないようである。しかし、設備が整っていない場所でも運用する可能性がある軍用機では、機体内蔵式の発電機やエンジン・スターター、あるいは機上のAPUが不可欠だ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。