この原稿を書く前日に、東海道新幹線の車内で放火事件(焼身自殺事件?)が発生した。ヴィークルそのものの安全性を向上させる努力や技術も必要だが、同時に、外部から意図的に持ち込まれる危険にどう対処するかという課題も存在することを、改めて認識させられた一件だったといえる。
飛行機における外的な危険要因
飛行機、というより民航機における外的な危険要因として最大のものは、いうまでもなくハイジャックである。乗員・乗客の生命が危険にさらされるだけでなく、「9.11同時多発テロ事件」みたいに、飛行機そのものが攻撃手段として使われた事例もある。
それだけに航空業界では昔から、ハイジャック対策に神経を尖らせている。空港に行く度に、荷物の検査を受けたり金属探知機で調べられたりするのは愉快な話とはいえないが、安全に移動することを考えると致し方ない。
この分野でも、情報通信技術などを活用する事例はいろいろ出てきている。たとえば、成田空港に電車で行くと、以前は改札を出たところで検問が待っていたものだが、2015年3月限りで、この検問が廃止になった。
では、何もしないことにしたのかというと、そういうわけではない。監視カメラと顔認識技術を組み合わせて、いわば自動検査するようにしたから、いちいち検問を行う必要性が低くなったという話である。
これに先立ち2013年3月から2カ月に渡り、監視カメラや爆発物検知装置などの実証試験を実施していた。そうした試験の結果、問題なく使えると判断されたわけだ。
顔認識技術というと、デジタルカメラでもおなじみの機能だ。ただし、デジタルカメラの場合には顔があるかどうかを見分けられれば目的は達成されるが、防犯用の顔認識システムではそれだけでは済まない。個人の特定までできなければならない。
ということは、取り締まるべき怪しい人物の人相に関するデータベースを構築・維持しておいて、監視カメラから流れてくるリアルタイム映像と照合、該当者らしき人物を見つけたら直ちにアラートを発する、という機能が必要になる。
実は、監視カメラと顔認識機能だけで完結する話ではなくて、アラートを発した後でどう対処するか、という問題もあるのだが、そちらは情報通信技術の話からは外れてくるし、機微に触れる部分もありそうだから、今回は取り上げないことにする。
生体認証を手掛ける会社
フランスに、主として航空宇宙・防衛関連の企業で構成するサフラン(Safran Group)という複合企業体がある。
ヘリコプター用のターボシャフト・エンジンを手掛けているターボメカ (Turboméca)、ジェット・エンジンを手掛けているスネクマ (Snecma)、航空機用エンジンの変速機を手掛けているイスパノスイザ (Hispano-Suiza) などの企業を傘下に擁しているのだが、その傘下企業のひとつにモルフォ (Morpho) がある。
これが何をしている会社かというと、主として生体認証関連の技術や製品を手掛けている。指紋認証、顔認識、DNA検査などといったところだ。製品・サービスの一覧を見ると、個人の識別や認証、出入り許可などに関わるものはひととおりやっている、という感じだ。
なにしろ、この会社のWebサイトを見ると、事業分野として掲げられているもののうち最初の二つが「Civil Identity」と「Public Security」である。そうした事情から爆発物探知装置やX線検査装置も手掛けており、まさに空港の保安と大きな関わりを持つ業態だといえる。そして実際、モルフォ社は空港の保安に関わる仕事をいろいろと受注している。
先の顔認識の話と同じで、センシングの手段や技術があるだけでは問題の解決にならない。照合すべきデータの収集・管理・配信・分析を初めとして、コンピュータとソフトウェアとデータ通信網が仕事をしなければならない話はいろいろある。
また、特に生体認証の分野において難易度が高そうな課題として、誤認識・誤警報の低減がある。相手が生身の人間だし、本当に悪いことをしようと企んでいる輩であれば、各種の警備手段をいかにして突破しようかと知恵を絞るのは間違いない。
それに対抗して、本当に悪い輩をできるだけ高い確率で拾い出しつつ、善人に対して間違って警報を出すような事態は避けなければならない。センシングにしても照合にしても、相当に難易度の高い仕事であることは容易に想像できる。逆にいえば、それを達成して信頼性の高いシステムを構築できれば、その先には大きなビジネスチャンスがあるともいえる。
パスポートも免許証もICチップ化
そういえば、日本では現在、パスポートにも免許証にもICチップが組み込まれている。これも情報通信技術の領分である。
昔なら紙に印刷した情報と顔写真ぐらいだったから、優秀な偽造職人がいれば偽造できたかも知れない。それと比べると、ICチップまで偽造する方がハードルが高いと考えられる。
もっとも、偽造が難しくなっても、そのICチップを認証などの手段として活用しなければ意味がない。有り体にいえば、ICチップ入りのパスポートを目視で確認するだけでは、何のためにICチップ入りにしたのか分からないという話である。
少なくとも、空港の入出国検査みたいに日常的にパスポートの検査を行っているような場所では、ICチップ化したパスポートを読み取ってデータベースと照合するシステムを整備して、たとえば犯罪容疑者やテロ活動容疑者に該当しないかどうか、怪しい偽造パスポートを使っていないか、といったことを迅速に確認できるようにしたい。(参考 : IC旅券FAQ(よくある質問) 外務省Webサイト)
ただしそうなると、日本だけの話では済まなくなる。諸外国との間で仕様を揃えて相互運用性があるシステムを構築しないと、何のためにICチップ化したのかという話になってしまう。
ただ、全世界で一斉にこの手のシステムを整備するのは困難だ。それに、まだすべてのパスポートや免許証がICチップ入りに置き換わったわけではないから、従来のやり方を継続しながら漸進的に移行していく、ということにならざるを得ない。業務のシステム化、あるいはシステム移行に際しても、ありそうな話である。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。