飛行機のパイロットとカメラマンは「お天気商売」である。という確言や言い伝えがあるかどうかは知らないが、事実ではあろう。天候・気象に起因する事故の事例はいくつもあるし、困ったことに晴れているからといって油断はできない。

気象レーダーと雷避け

前回、飛行機が搭載する電子機器の話に絡んで、落雷の話に触れた。落雷があっても大事には至らないように設計されている、といっても、落雷しないで済むのなら、その方がいいに決まっている。そうなると、たとえば雷雲が出ているような場所は避けて飛びたい。

戦闘機は機首に捜索・射撃管制用のレーダーを備えているが、実は民航機も機首にレーダーを備えている。といってもミサイルや機関砲を撃つわけではなくて、そこに収まっているのは気象レーダーだ。

この気象レーダーを使用すると、前方に雲があるかどうかを把握できる。雲があれば大気中に水が浮いているわけだから、それがレーダー電波を反射すれば探知できる理屈である。

ただし、相手が小粒なだけに分解能を高くとる必要があるはずで、そうなると必然的に周波数の高い電波が必要だ。実際、気象レーダーはマイクロ波やミリ波を使用することが多い。雨雲だけでなく、雲全般を捕捉するにはミリ波レーダーが必要になるようである。

その気象レーダー……機械式アナログ計器の時代には、計器盤の片隅に気象レーダー用のディスプレイを設けるのが一般的だった。だから、気象レーダーの情報を見るには、わずかではあるが視線を逸らさなければならない。

また、雨雲のエコーがスコープに映し出された場合、それが自機から見てどの方位に、どれぐらいの距離にあるかを、スコープの表示内容を基にして判断する必要がある。その情報に基づいて、雨雲や雷雲を避ける、あるいは避けるためのコースを管制官にリクエストすることになる。

ところが、最近ではグラスコックピットが一般化している。これの便利なところは、ソースが異なるが関連がある複数の情報を、ひとつの画面に重畳表示できることである。その一例が、自機の針路や航法関連の情報を表示するND(Navigation Display)に対する、気象レーダー情報の重畳表示である。

もちろん、重畳表示を行うには、気象レーダー映像のスケールと、NDに表示するその他の情報のスケールを一致させる必要がある。表示するスケールを変化させられるようになっているのであれば、スケール変更の際には再計算が必要になる。その辺は、グラスコックピットを預かるコンピュータがうまいこと処理しなければならない。

ドップラー・レーダー

雨雲や雷雲はレーダーに映るが、普通の気象レーダーには映らない種類の危険要因もある。たとえば、竜巻とかダウンバースト(下降噴流)とかいったものがそれだ。

ただしよくしたもので、ドップラー・レーダーを利用すると、この手の現象の把握に役立つそうである。そういえば陸の上でも、JR羽越本線の余目駅にドップラー・レーダーを据え付けて、突風対策のための実証試験を行ったことがある。

飛行機でドップラー・レーダーというと、対地速度の把握に使用するものが知られている。普通、飛行機の速度は対気速度、つまり自機の周囲の空気を対象とする相対速度で表示するが、これだと向かい風や追い風のときには実際の移動速度と違う数字が出る。

たとえば、対地速度800km/hで飛んでいても、100km/hの向かい風を受けていると、対気速度計は700km/hと表示してしまう。これでは精確な航法ができない。そこでドップラー・レーダーが登場して対地速度を調べるわけだ。

では、そのドップラー・レーダーとは何か。

救急車やパトカーや消防車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていったときに、そのサイレンの音に対してドップラー効果が発生するのは御存知の通り(接近中はサイレンの音が高く聞こえて、遠ざかるときはサイレンの音が低く聞こえる)。これをレーダーに応用する。

レーダーが電波を出して、それが何かに当たって反射してきたとき、その「何か」が止まっていれば、送信波の周波数と受信波の周波数は同じである。ところが、その「何か」が移動していると、送信波の周波数と受信波の周波数は同じにならない。ドップラー効果に起因する周波数変化が発生するためだ。

これを気象観測に応用すると、雲の内部にある降水粒子の移動速度を観測できる。すると間接的に、雲の内部で発生している風の動きを観測できることになる。降水粒子が風に乗って移動するからだ。そのデータに基づいて、たとえばダウンバーストの発生を把握できる、という理屈だそうだ。

対地速度を把握したければ、レーダー電波を地面に向けて送信する。自機が移動しながらレーダーを作動させていれば、止まっている地面からの反射波はドップラー効果を生じるので、それに起因する周波数変化を調べれば移動速度を計算できるという理屈である。

ちなみに、上空から下方を飛んでいる飛行機を捜索するときにも、この理屈が使える。動かない地面からの反射波と、動いている飛行機からの反射波はドップラー効果による周波数変化に違いが出るので、それによって地面からの反射を無視して飛行機だけをより分けることができるという理屈。民航機には用はなさそうだが、戦闘機のレーダーには不可欠の機能である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。