ITといえば電子機器である。いまや、コンピュータ化・デジタル化が深度化したおかげで、なにをするにもコンピュータがないといけない御時世になった。コンピュータがちゃんと動作しなければ、まずエンジンがかからない。
電磁的トラブルという課題
ところがそうなると、そのコンピュータを初めとする各種の電子機器が正常に機能しなければ、飛行機はまともに飛べないことになる。そこで、電子機器の動作に影響を及ぼすものがあってはならないという話になった。
最近になって規制が緩和されたが、旅客機の機内における電子機器の利用に制限がかかっているのは、その一例である。本連載の第16回目でも触れた通り、緩和されたとはいうものの、機種によってそれぞれ異なる条件下で何らかの制限が課せられている状況に変わりはない。さすがに「全面解禁・好き放題に使ってよろしい」とは行かないのである。
これが、機械式計器を使い、操縦翼面を索や棹で動かしていた時代の飛行機なら、電磁的障害が発生しても、問題になるのは「無線機が通じなくなる」という程度だっただろう。コンピュータ化によって飛行機の性能や使い勝手や安全性は大きく向上したが、安全性に関わる新たな課題も生んでしまったのだから、世の中、そういいことばかりとはいかない。
電磁的干渉の発生源は、機体の「中」と「外」に大別できる。旅客機の乗客が持ち込んで作動させる電子機器は「中」の典型例だが、それがなくても、もともと個々の機体が装備している電子機器同士でも、干渉が発生しては困る。当然、これも検討やテストの対象項目である。
自然現象に伴う電子機器への影響
本連載の第16回では、外部からの電磁的干渉の一例として「軍艦の上」を挙げた。対空レーダー、対水上レーダー、各種の通信機器など、大出力の電磁波発生源がゴロゴロしていて、しかもそれが飛行機の運用現場の間近にあるのだから、電磁的干渉に気を使い、入念な試験を行うのは当然の話。
ところが、そういう人工的な発生源だけとは限らない。家庭の電気製品が雷サージの被害を受ける可能性に直面しているのと同様、空を飛ぶ飛行機も落雷の可能性があるし、もしも飛行機に雷が落ちれば、搭載している電子機器に影響が生じても不思議はない。
もちろん、飛行機は落雷に備えて電気を外部に逃がすための仕掛けを備えているのだが、だからといって「落雷したら、もはやそれまで」では困る。ちゃんと、落雷が起きても問題なく飛べることを確認しなければならない。どういう条件に耐えられるかというだけでなく、それをどういう形の試験でどう検証するかということも規定しておかなければならない。
人為的な現象に伴う電子機器への影響
と婉曲に書いたが、要するに核爆発のことである。
核爆発が発生すると強力な電磁波パルスが発生するので、核爆発が発生しそうな場所で運用する飛行機は、その電磁波パルスに直面しても問題なく機能できるような設計にしなければならない。
もちろん、この手の試験を必要とするのは軍用機だけである。ただしややこしいことに、民航機を転用した軍用機というものもある。その中には、「エアフォース・ワン」ことVC-25Aや、核戦争発生時に国家首脳が乗り込むことを想定した空中指揮所・E-4B NEACP(National Emergency Airborne Command Post、国家緊急空中指揮所の意)といった機体もある。
また、ベースは民航機だが、頭上で強力なレーダーが作動しているE-3セントリーやE-767みたいなAWACS(Airborne Warning And Control System)機もやはり、電磁波干渉のことを考えなければならないだろう。
普通、核爆発は熱線や衝撃波による破壊が主目的だが、電磁波パルスの威力に着目して、高層大気圏で核兵器を起爆させる高々度核爆発(HAME : High Altitude Nuclear Explosion)という攻撃手法まであるからタチが悪い。(放射線による影響についてはいうまでもないことなので、改めて触れることはしない。)
もちろん、電磁波パルスを受けた電子機器が能書き通りに機能することを確認するための試験も必要だが、まさか本当に核爆発を起こして試験するわけにはいかない。すると、「核爆発の際に発生すると考えられるものと同程度の規模や強さをもった電磁波パルス」で試験するしかないだろう。
余談 : 人工衛星はもっと大変
飛行機の話からは脱線するが、人工衛星はもっと大変だ。なにしろ、真空で緩衝材になるようなものがないから、太陽に照らされれば温度が急上昇するし、日陰に入れば温度が急降下する。そして放射線の影響も受ける。さらには、ロケットで打ち上げる際に騒音や振動の影響も受ける。
だから、人工衛星を製作した後の環境試験は入念だ。騒音・振動に耐えられるかどうかの試験はいうに及ばず、専用のチャンバーに衛星を入れて中を真空にして、温度を上げたり下げたりしながら動作検証を行う、いわゆるサーマル・バキューム試験が行われる。
そういう調子だから、人工衛星に搭載する電子機器は、飛行機のそれ以上に高い耐久性が求められる。しかも、故障したときに人を送って修理したり取り替えたりというわけにはいかない。いったん打ち上げたら、15年間(一般的に衛星の想定寿命はこれぐらい)過酷な環境の下で問題なく動き続けなければならない。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。