前回に取り上げた「群制御」は、複数の無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)が編隊を組んで、あるいはそれに近い状態で飛行するもので、その際にはもちろん、UAV同士の接触や衝突を避ける必要がある。

ところがそれだけでなく、UAVと有人機の間でも同様に、接触や衝突を避ける必要がある。それができなければUAVと有人機の空域共有は覚束ないし、UAV用の空域を分けておくしかなくなる。

空中衝突防止のルール

有人機同士でも、ときおり「空中衝突」事故が発生することがある。中にはやりきれない事案もあって、たとえばこんな実話がある。

「パイロットが外を見張っていたら、別の飛行機が雲頂すれすれのところを飛びながら接近してくるのを発見した。自機も雲頂すれすれのところを飛行していたので、『これでは衝突する』と判断、機首を引き起こして上昇に移ったところ、衝突してしまった」

実は両機は正しい高度差をとって飛んでいたので、そのままなら衝突はしないはずだった。それを「雲頂すれすれのところを飛んでいる = 高度が同じ」と判断したのが間違いの元だったわけだ。

そんな錯誤が入り込むこともあるとはいえ、人の目で見張っている有人機同士であれば、それだけ衝突回避のための探知手段が多いといえる。それと比べると、人が乗っていないUAVの方が分が悪い。

本連載の第4回で衝突回避の話題を取り上げたが、その際に空中衝突防止装置(TCAS : Traffic alert and Collision Avoidance System)について説明した。個々の機体が搭載するインテロゲーターが1,030MHzの電波で周囲の航空機に対して「誰何」を行い、それを受信した側のトランスポンダーが1,090MHzの電波で「応答」することで、自機の周囲にいる航空機との相対的な位置関係を把握して、必要なら衝突回避のための警告を発するというシステムだ。

有人機同士の場合、「針路に応じて高度を使い分ける」とか「衝突しそうになったときの回避ルール」とかいったものを定めることで、空中衝突の予防を図っている。さらに、前述したような錯誤の問題もあるので、「まずTCASに従え」という流れになっている。

では、そこにUAVが入り込んできたらどうするか。UAVにTCASを装備して、TCASが警告を発したら回避行動をとるように機上コンピュータをプログラムすれば、衝突防止を図れるように思える。

それは確かにそうなのだが、その際の回避行動が問題だ。有人機がルールに則って行うのと同様の回避行動をとってくれないと、却って危ない。UAVの挙動が読めないからだ。

また、TCASがカバーできる範囲は4~40海里(1海里=1.852km)程度で、あまり広くないという問題もある。しかも、TCASは周囲の機体の協力があって初めて成り立つシステムだから、非協力的な機体(つまりTCASを積んでいないとか、TCAS装置が誰何に応答しないとか)がいたときにどうするか、という問題もある。

Due Regard Radar

こうした事情によるのか、より積極的に衝突防止を図る必要がある、という認識が生じた。そこで登場するキーワードが探知・回避(SAA : Sense-And-Avoid)だ。

これには2種類ある。ひとつはUAVに周辺監視用のレーダーを搭載して、能動的に周囲に他の航空機がいないかどうか捜索するものだ。もしも衝突の可能性がある航空機を探知した場合には、プログラムされた「業界のルール」に則って回避機動を実施する。

たとえば、軍用UAVメーカーとしておなじみのゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI : General Atomics Aeronautical Systems Inc.)は2015年2月に、プレデターB(これの軍用モデルがMQ-9リーパー)に前量産型のDRR(Due Regard Radar)を搭載して飛行試験を実施した、と発表している。

DRRを強引に日本語訳すると、「相応の注意を払うレーダー」というぐらいの意味になるだろうか。自らレーダーを搭載して周辺監視を行うので、こういうネーミングにしたのではないかと思われる。そのDRRによる能動的な周辺監視、それと周囲の航空機による協力も必要となるTCAS IIの組み合わせにより、状況を把握した上で、必要に応じて回避機動をとるわけだ。

ただし、DRRによる探知に基づく判断とTCAS IIによる探知に基づく判断が衝突して喧嘩になったのでは具合が悪いから、両者を組み合わせて、統合的かつ矛盾のない、探知・回避システムを構築しようとしている。

もうひとつのSAA手段が、地上に設置したレーダーを用いるものだ。いわゆるGBSAA(Ground-Based Sense and Avoid)である。

本来なら、プレデターBを用いた試験で行ったように、UAV自身に周辺監視用のレーダーを搭載するべきところだが、小型のUAVになると、SAA用のレーダーを追加搭載する余地がない可能性も考えられる。そこで、地上に設置したレーダーがUAVと有人機の動向を監視して、必要に応じて警告を発して回避機動をとらせようということなのだろう。

GBSAAなら機体に追加の機材を積み込む必要はなくなるが、考えなければならないことはいろいろある。

まず、地上側のGBSAA機材とUAVの間に、常に信頼できる通信リンクを確立できないと困ったことになる。いざ回避が必要になったときに、その指令が伝わりませんでした、ではシャレにならない。

また、地上側からUAVに何を伝達するか、という問題もある。つまり、探知したUAVや有人機の位置情報を送って、回避機動の内容にタイミングについてはUAVに判断を委ねるのか。それとも、回避機動の内容やタイミングまで地上側で判断・決定した上で、それをUAVに送るのか。

全体で矛盾のない回避機動をとるためには、地上側で一括して回避機動の内容まで決定する方が間違いがない。UAVに判断を委ねた場合、複数のUAVがいると、それぞれが行った回避機動が新たな衝突の危険性につながる可能性がないとはいいきれないからだ。また、UAVの飛行制御用ソフトウェアに衝突回避のロジックを追加で作り込むという課題も生じる。

その点、地上側で判断して回避機動のコースを指示する方が間違いがないが、UAVに対して外部からの介入を認めることになるので、ことに軍用のUAVではそれが嫌がられるかも知れない。本来の地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)とは別のところからUAVの動きを指示できるということは、悪意の第三者によるUAVの乗っ取りというリスクにつながるからだ。

どちらにしても一長一短はあるのだが、ひとつだけ確実にいえるのは、UAVの普及を進めるのに、信頼できる探知・回避機能の実装は不可避だということである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。