前回、静安定性の維持に絡む要素のひとつとして燃料のことを書いた。乗客や貨物と違い、燃料は飛んでいる間にどんどん消費して減っていくので、飛んでいる間に動的に重心点が移動することになる。
燃料をどれだけ積むか
…といっても民航機の場合、燃料タンクの大半は主翼の中である。つまり、重心点から大きく外れてはいない。ちなみに、飛んでいる間は主翼に上向きの力がかかるから、そこに燃料を入れて重くしておく方が、主翼にとって上向きの力を相殺する結果になって楽である。
その、主翼内を主体とする燃料タンク。もちろん、満タンになるまで積むことができるが、燃料を満載すると多くの場合、旅客や貨物を満載にできなくなる。
飛行機には「自重」や「最大離陸重量」など、重量にまつわるさまざまな諸元がある。自重と最大離陸重量の差がすなわち、積み込むことができる乗客・貨物・燃料の合計だと考えればよい。
燃料なら燃料タンクの容量合計、旅客なら座席の合計、貨物なら貨物搭載スペースの合計で搭載可能な限界が決まるが、実際のところ、そのすべてを満杯にするより前に重量が限界に達する(つまり最大離陸重量に達する)場合が多い。
だから実際には、予定飛行距離に基づいて「これぐらいの燃料が必要だな」と判断して、その残りを旅客や貨物に割り当てることになる。これがいわゆるペイロード(有償荷重)である。軍用機だと運賃を受け取るわけではないが、搭載物の重量としてペイロードという言葉を用いるのが通例。
もちろん、旅客や貨物をいっぱい搭載できる方が経営的見地からするとありがたいのだが、目的地まで飛べずにガス欠になってしまったのでは元も子もない。軍用機なら飛び立ってから空中給油する手が使えるが、民航機が空中給油する話はあまり、いや滅多に聞かない。
ちなみに、クルマに給油するときには容積、つまりリットル単位だが、飛行機はポンドやキログラム、つまり重量で量る。成層圏まで上昇すると地上との温度差が80度を超えることもあるから、それによって燃料の嵩が露骨に変わってしまう。だから重量単位にしておかないと具合が悪いのだという。
そこでポンドとキログラムを間違えると、所定の半分以下の燃料しか積まないで飛行機が飛び立ってしまい、空中でガス欠を起こすことになる(実話)。
所要燃料はどう計算する?
もちろん、飛行機の燃料消費については基本的なデータがある。高度や速度などの飛行条件に応じて、「燃料消費率はこれぐらい」という形でメーカーから数字が出ているから、それを参照すれば概算はできる。
ところが、ギリギリ一杯の燃料だけを積んで飛び立つわけにはいかない。目的地まで飛んでみたら悪天候で降りられないとかなんとか、予定を狂わせる要因はいろいろある。すると予備燃料が必要になる。
民航機の場合、フライトプランを作成する段階で予備飛行場をどこにするか決める。その段階で、追加しなければならない予備燃料の量を概算できる。ときには出発地に引き返す想定になることもある。
さらに、向かい風とか追い風とかいう要因が、燃料消費データにズレを引き起こす。風の有無だけでなく速度も毎日のように変わるし、同じ日の同じ場所でも高度によって違うことがある。だから、機械的に決めることはできず、その日の天候状況に合わせて「向かい風が強いから燃料を多めに」とかいった判断をしなければならないだろう。
そのほか、ホールディング、つまり目的地の飛行場まで行ってみたら混雑していたとか、視界不良だとかいった理由で降りられず、旋回待機させられることもある。こればかりは実際に現地に行ってみないと分からないから、ホールディングに備えた予備燃料も必要になる。といっても無限大に積むわけにはいかないので、「何分間の待機に備えた燃料」という形で上積みする。
軍用機、特に戦闘機や爆撃機だと、敵のレーダー探知を避けるために低空侵入することがある。基本的に低空を飛ぶ方が燃料を食うので、任務計画を立案する段階で、どれぐらいの距離について低空飛行するかを割り出して、それを考慮に入れて燃料消費を計算しなければならない。
燃料搭載量の計算はややこしい
と、このようにさまざまな要因を考慮に入れて初めて、「燃料をどれだけ積むか」が決まる。積み過ぎて余らせてしまえば、それだけ旅客や貨物の搭載可能量が減って、収入に響く。軍用機であれば兵装搭載量が減って、打撃力が落ちる。
かといって、燃料不足の状態で飛び立てば安全に関わる。「燃料が足りないから」といって、焦って着陸を強行した結果として事故にでもなれば、シャレにならない。できるのは、せいぜい燃料節約のためのルート取りの工夫ぐらいで、たとえば向かい風を避けるとか、高度を可能な範囲で高くとるとかいう話である。
その燃料搭載量の計算を過不足なく、かつ間違いなく行う作業も、人間が紙の資料を見ながらやるよりは、必要なデータを算入してコンピュータにやらせる方が確実だろう。
ただしもちろん、コンピュータを盲目的に信用していいとは限らないから、人間によるチェックや最終確認を行った上で飛び立つことになる。ひょっとすると、コンピュータにデータを入力する時点で間違いが起きるかも知れないし。
執筆者紹介
井上孝司
s IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。