今回からテーマを変えて、「飛行機が飛ぶために必要になる計算」についていろいろと書いてみようと思う。ただ単にエンジンを吹かして操縦桿を引けば飛べるというものではなくて、その前にいろいろと計算しなければならないものがあるのだ。
静安定性と重量バランス
読者の皆さんの多くは、紙飛行機を作って飛ばした経験がおありではないかと思う(勝手に決めるなって?)。
その紙飛行機、機首の部分を何度も折り込んで、重くしておかないといけない。正確にいうと、機首の側が重くなるような重量バランスにしておかなければならない。もしも機首が重くない紙飛行機を作ってしまったら… ?
その紙飛行機は、飛ばした途端に機首をクイッと持ち上げて、たちまち失速して尻から地上に落下して、最後は墜落事故になる。
これは、本連載の第6回でも少し触れた、静安定性の問題に起因する。機体の重心が、主翼の揚力中心より前方に位置していないと、静安定性を保てず、機首が持ち上がってしまう。
すると、主翼の上面と下面を気流がきれいに流れることができなくなって「剥がれて」しまい、揚力を発生させられなくなる。いわゆる失速(stall)である。
よく、テレビのニュースや新聞記事の見出しなどで「失速」という言葉を間違えて使っていることがある。そこでは、あたかも速度が落ちる、勢いが落ちることを意味しているようなニュアンスだが、実際にはそうではない。スピードが乗っていても、飛び方によっては失速は起きる。
おっと、閑話休題。そっちが本題ではなかったのだ。本題は、前後の重量バランスを正しくとらないと静安定性が保てず、結果として失速に至ってしまうという話である。
静安定性と重心の移動
紙飛行機なら、常に前後の重量バランスは一定である。しかし本物の飛行機(という書き方はおかしい。紙飛行機だって本物の飛行機であろう。しかし、他にいい書き方を思いつかなかったので御勘弁)では話が違う。
民航機であれば、登場する旅客の数はフライトごとに違う。その旅客も大人と子供では体重がだいぶ違うし、大人同士・子供同士でも体重には結構なバラツキがある。そして、持ち込む荷物の量も場合によりけりだ。
軍用機、特に戦闘機や爆撃機は、搭載する兵装の分量が馬鹿にならない。その兵装の数や陣容は任務様態によって異なるから、常に一定というわけではない。ときには、「遠距離ミッションだから、兵装を減らして補助燃料タンクを積もう」なんていうこともある。
さらにややこしいことに、軍用機の兵装や補助燃料タンクは任務飛行の途中で投下してしまう。つまり機体の重量がそれだけ軽くなる。それどころか、搭載していた場所によっては、前後のバランスまで違ってくる。
兵装を前寄りの位置に搭載していた場合、それを投下すれば重心点は後方に移動するから、下手をすれば重心が揚力中心より後ろに行ってしまうこともあり得る。それでは飛行機はまともに飛べない。だから、爆撃機の爆弾倉の位置は、このことを考慮に入れて決めなければならない。
大型爆撃機の多くは、爆弾倉を主翼付近に設けており、極端に前方や後方に外れることは滅多にない。何トンもの爆弾を投下しても重心と揚力中心の関係が大きく狂わないように、という理由で決められた配置である。主翼付近に爆弾倉という大きな空間を確保するのは、設計の観点からすると大変なのだが、それはともかく。
搭載物だけでなく、燃料という問題もある。燃料は当然ながら使えば減るのだから、その分だけ機体は軽くなるし、前後のバランスにも影響が出てくる。燃料タンクが前寄りの位置にあると、そこに積まれている燃料を費消した分だけ重心点は後方に移動するので、これもまた静安定性を損ねる原因になりかねない。
逆に、後ろ寄りの位置に燃料を積めば、今度は当初から静安定性を悪化させてしまう。実際、第二次世界大戦中に使われていた某戦闘機はコックピットの後方に燃料タンクを追加設置したが、その分だけ重心が後ろに寄ってしまって静安定性を悪化させる結果になる。
そこで「コックピット後方の燃料タンクから真っ先に使って、早くカラにするように」という話になった。そうすれば、最初は不安定な飛び方になってしまっても、後方燃料タンクが空になれば安定してくるというわけだ。
そこで、意図的に燃料タンク同士で燃料を移送すれば、重心点を人為的に移動させることができる。実際、超音速機では速度の変化によって主翼の揚力中心点が移動することがあり、そこで静安定性が損なわれないように燃料を移動してバランスをとることがある。
ウェイト・アンド・バランスシート
おっと、前置きが長くなりすぎた。
そんなこんなで飛行機にとって重量バランスというのは極めて重要である。しかも、飛んでいる最中に減ったり移動したりする要素(燃料や兵装)があれば、そうならない要素(乗客や貨物)もある。
そういったさまざまな要素を考慮に入れた上で、機体の重心が主翼の揚力中心より後ろに行かないようにしなければならない。それには、どこに何をどれだけ積み込むかを計算するプロセスが必要になる。
そこで、民航機が飛び立つ前には重量バランスの計算をやって、ウェイト・アンド・バランスシートという書類を作る。それを機長が確認して「大丈夫」と判断しなければならない。当節ならコンピュータ仕掛けで計算できるだろうが、ときにはコンピュータがなくて、手作業で計算してウェイト・アンド・バランスシートを作成する場面もあるらしい。
離島航路の小型機だと、乗る前に体重計に乗って体重を測らなければならないことがあるが、機体が小さいと、前後方向にしろ左右方向にしろ、乗客一人の体重でも馬鹿にならない影響があるということなのだろう。
ちなみに左右方向のバランスという問題もあるが、いまどきの民航機みたいに機体が大きいと、あまり問題にはならないようである。
空の上の話ではないが、潜水艦もやはり、乗り込む際には「重量計測」というのがある。中で釣合をとるためには、基礎データとして、誰がどこにどれくらいの重さの荷物を持ち込むかが事前に分かっていないといけないのだという。
それどころか、食事の時間になって乗組員が食堂の方に移動すると、それだけで前後の釣合が変化する様子が操舵員に分かるというのだからデリケートな話だ。おっと、飛行機の話からはだいぶ外れてしまった。
執筆者紹介
井上孝司
s IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。