F-35について取り上げた本連載の第3回で、「F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦」という話を書いた。このときには「F-35はどういったデータリンクを使うのか」という話を中心にしていたが、実は軍用機におけるデータリンク・システムの導入はワークロード低減とも深く関わっている問題である。
口頭での情報伝達には限界がある
航空戦は、戦闘機・爆撃機・攻撃機などの機体に乗った搭乗員だけで行うものではない。全体状況を把握して適切な指令を下すために、早期警戒機(AEW : Airborne Early Warning)や空中警戒管制機(AWACS : Airborne Warning And Control System)がレーダーで状況を把握して、管制員が、敵の所在や向かうべき方向について指示を出すのが普通だ。
自国の防空であれば、地上設置のレーダーや防空指揮管制システムも用いられる。日本であれば、全国各地に設けたレーダーサイトからの情報をJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)システムでとりまとめて、その情報に基づいて各地の防空指揮所から指令が飛ぶ。
早期警戒機であれ地上の要撃管制官であれ、情報の伝達は無線機による口頭での伝達が基本だ。たとえば、要撃に上がったF-15の4機編隊に対して、こんな調子で伝達するわけだ。
「ダイヤモンド編隊、バンディット(敵機)が8機。方位はそちらから2-7-2、針路は0-8-3、速力550ノット、エンジェルス・スリー」
※エンジェルスとは高度を意味する符丁。エンジェルス・スリーなら3,000フィートという意味
そこで問題になるのが、状況認識(SA : Situation Awareness)の負担である。無線で伝えられる状況は個別の位置・針路・機種といった断片的な情報であり、それをすべて頭に入れた上で、頭の中で3次元の状況図を組み立てなければ、状況認識が成り立たない。
彼我の機数があまり多くない場面ならまだしも、多数の機体が入り乱れる大規模な航空戦になると、この状況認識の負担は馬鹿にならない。しかも飛行機は常に飛びながら移動しているのだから、状況はどんどん変わるのだ。
そこで状況認識に誤り、あるいは漏れが生じれば、敵機に不意打ちを食らって撃墜される危険性につながる。対地・対艦攻撃であれば、撃ち漏らしや同士撃ちといった危険性も考慮しなければならない。
さらに、無線による音声通話では、言い間違いや聞き間違いといったリスクも考えられる。もちろん、できるだけそうした問題が起きないように工夫はしている。アルファベットの聞き間違いを防ぐために音標アルファベットを用いるのはその一例だ。
音標アルファベット(フォネティックコード)とは、アルファベット26文字にそれぞれ、個々の文字で始まる単語を割り当てて、その単語でやりとりするというもの。たとえば、「Tu-16」を「ティー・ユー・ワン・シックス」ではなく「タンゴ・ユニフォーム・ワン・シックス」という。こちらの方が聞き間違いが少なくなるのは容易に理解できるだろう。
データリンク化によるメリット
第3回で述べた話とも被るが、口頭による情報伝達と比較すると、データ通信は確実性が高い。軍事の世界では、これをデータリンクと呼んでいる。
どのみち、戦闘機もAEW機やAWACS機も、そして地上の防空指揮管制システムもコンピュータを使っているのだから、そのコンピュータ同士をデータ通信網で結べば、いちいち口頭で伝達しなくても、彼我の位置関係・針路・機種などの情報を迅速かつ確実に伝達できる。
そして、伝達された情報は自動的に目の前のディスプレイ装置に現れるから、それを見れば状況認識を比較的容易に実現できるというわけだ。あいにくと2次元表示しかできないが、それでも頭の中で状況を組み立てるよりは負担が少ない。
もちろん、単にデータを伝達するというだけの話ではない。ディスプレイ装置でどういう風に情報を表示するかというマン・マシン・インタフェースの問題もあるし、ディスプレイ装置のサイズ、あるいは表示に利用できる色数も、状況認識の良し悪しに影響する。
単に大きければよい、総天然色表示にすればよいというものではないが、昔の機体よりも新しい機体の方が、この分野の改善が進んでいるのは確かだ。そのひとつの究極がF-35というわけである。
実は、情報を聴き取って状況を組み立てる戦闘機パイロットだけでなく、情報を伝達する管制官にとっても、データリンク化はワークロードの低減につながると考えられる。そして、状況の伝達・認識に必要なワークロードを低減できれば、それで生じた余裕を、最適な戦術の組み立てや、指揮下の機体に対する目標や任務の割り当てを考えることに回せるのではないか、と期待できる。
また、関係者全員が同じ戦況図(COP : Common Operating Picture)を共有していれば、状況認識のバラツキが少なくなる。これも、誤謬や見落としを防ぐための重要な要素だ。
執筆者紹介
井上孝司
s IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。