過去3回に渡って「ワークロードの低減」というテーマでいろいろ述べてきたが、その中心になっているのは「自動化」である。しかし、ただ自動化すれば問題が解決、あるいは改善するというものでもない。
自動化システムに対する理解
自動化とは煎じ詰めれば、人間が行っている作業を機械、なかんずくコンピュータが肩代わりするということである。それによって人間の作業負担を軽減すれば、過負荷による操作ミスや判断ミスを回避できて、結果的にアクシデントの回避につながる(と期待できる)。
ところが、機械やコンピュータによる作業の肩代わりがどういった思想に基づいて行われていて、どのような動作をするのか、ということを、それを操作する側の人間は正しく理解していなければならない。そこで齟齬が生じると、ワークロードの低減や安全性の向上を企図した自動化システムが、却って事故の原因になってしまうことがある。
たとえば、1972年12月29日にアメリカ・フロリダ州のエバーグレーズで発生した、イースタン航空401便の墜落事故がある(参考 : イースタン航空401便墜落事故 - Wikipedia)。
この事故で墜落した機材はロッキードL-1011トライスターである。当時、L-1011は自動化を大幅に取り入れた機材として知られていた。もちろん自動操縦装置も備えているのだが、それが事故の遠因になったのは皮肉な話だ。どういうことか。
同機が着陸に備えて降着装置を降ろした際に、首脚(機首の降着装置)が正しく降りたことを示す表示灯が点灯しなかった。そこで、自動操縦装置をセットしてから調査に取りかかったのだが、その際に操縦士が操縦桿を押したために自動操縦装置が解除され、機は降下を始めてしまった。しかし、それに気付かなかったために回復操作が遅れて、結果的に墜落してしまったというものである。
果たしてこれを自動操縦装置の欠陥というのかどうか。むしろ、操縦桿を押した際に自動操縦装置が解除されるという設計について正しく理解して、適切に対応していたかどうかという問題ではないだろうか。
適切な針路をとっているかどうかを常に監視していれば、事故を回避できたかも知れない。自動操縦装置が解除されて設定針路から外れてしまっても、それを速やかに把握できれば、回復操作を講じる時間的余裕はあったと考えられるからだ。
つまりこの事故は、自動化システムとそれを扱う人間のインタフェースの問題に起因していた、といえるのではないだろうか。
飛行制御コンピュータとパイロットの喧嘩
本連載の第6回で、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)について取り上げた。その際に、こんなことを書いた。
「こういう場面では飛行制御コンピュータはこういう動作をする」ということをパイロットが正しく理解していないと、飛行制御コンピュータとパイロットが喧嘩をする。実際、それが元で事故になった事例もある。
そんな事故の一例が、名古屋空港(現・県営名古屋空港)で発生した中華航空140便の墜落事故だったといえる(参考 : 中華航空140便墜落事故 - Wikipedia)。
発端は、誤操作によって自動操縦装置の着陸復航モードを作動させてしまったことにあるのだが、それに気付かずに手動で操縦しようとして自動操縦装置と喧嘩になった。さらに、手動操縦による機首下げを諦めたことから自動操縦装置による機首上げ操作だけが機能する結果になり、結果として失速・墜落に至った。
つまり、前述した「こういう場面では飛行制御コンピュータはこういう動作をする」だけでなく、「飛行制御コンピュータがこのモードで動作しているとき、機の挙動はこうなる」というところも適切に理解・識別・対処しなければならないという話になる。
そこで「パイロットを適切に訓練すればよい」「操作ミスや判断ミスをしたパイロットが弛んでいた」と人的な問題に責任を押しつけるのは簡単だが、その「訓練」「操作」「判断」には、過去の経験も影響する。それを無視して、特定の機体のやり方、設計思想を押しつけるのが正しいのかどうか。
「よもやこんな操作をするはずがない」「こういう場面ではこうすべきである」という設計者の考え・思い込みを押しつけようとしても、えてして「そんな操作をするはずがない」ことが起きてしまうのが、マン・マシン・インタフェースの世界である。
業界の常識、過去の機体の構造・設計・操縦経験、心理学的配慮や人間工学的配慮、さらには過去の事故事例に対する検討まで、さまざまなファクターを考慮に入れた上で自動化システムを設計しないと、齟齬をきたす可能性がある。
そういう課題を解決した上での自動化システムこそが、本当の意味でワークロードを低減して、安全な航空機を実現することにつながるのではないだろうか。
執筆者紹介
井上孝司
s IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。