自動車でも鉄道車輌でも同じことだが、搭載するシステムのコンピュータ化・IT化が進むと、ヴィークルの設計にも影響が出てくる。今回は、その辺の話をいくつか取り上げてみたい。
その1・配線が増える
まず、コンピュータ化やネットワーク化が進むと、必然的に機内の配線が増える。電子機器同士の接続を個別にやらずに、デジタル・データバスに集約すればいくらかマシになるかも知れないが、そうなると今度はデジタル・データバスの重要性が高まり、堅牢性を高めなければならない、あるいは冗長性をもたせなければならない、という話になりそうだ。
すると、数は減っても、いやむしろ数が減るからこそ、通信線の構成や配置をどうするかという悩みができるし、優先度を高くしなければならなくなる。
ともあれ、機内配線はいまや、飛行機の設計・製作スケジュールを左右する大問題になってきている。以前に、エアバスA380が機内配線をめぐる問題に直面してスケジュール遅延に見舞われたことがあったのが典型例だ。
最近でも、ボーイング社が米空軍向けに開発を進めているKC-46Aペガサス給油機が、機内配線の問題でスケジュール遅延になるのではないか、との話が取り沙汰されている。
なんでも、充分な離隔距離をとって設置しなければならない複数の配線の中に近接しすぎていたものがあり、作業がやり直しになるとかいう話である。そして9万8000点の配線のうち1700点に問題があり、そのうち350点についてはいったん取り外して、取り付けをやり直すのだと伝えられている。
「そうはいっても、機内配線の数がそんなに多いものなの?」と思われそうだが、KC-46Aの機内に設けられる配線の総延長は120マイル(約192km)に達するという。これは、東海道本線の線路沿いに東京から伸ばしていくと、なんと静岡よりも先まで行ってしまうという距離である!
軍用機はミッション・アビオニクスが多いから配線が増えるのも納得しやすい。ところが民航機でも、機内エンターテイメントなどの機材がいろいろあるので、やはり配線が増える。個々の座席ごとに配線を引き回さなければならないのだから、これはこれで大変だ。
最近だとモバイル機器用の電源コンセントを設ける事例が増えてきているが、これがまた配線を増やす原因になる。機内インターネット接続を無線LAN接続にするのは、利便性や接続性(スマートフォンやタブレットは有線LANの端子を持たない)だけでなく、軽量化や配線削減の観点からいっても必要なことなのだ。
その2・電源の所要が増える
電源というと自作PCにはつきものの要注意項目だが、飛行機に搭載する電子機器でも同じこと。電子機器が増えれば、それを稼働させるための電源が必要になるのは当然だ。
実はそれだけでなく、供給する電力の品質も問題になる。つまり、充分な電力量を確保するだけでなく、電圧や電流が安定していなければならない。電圧や電流が不安定だと、機器の動作に支障を来たす可能性がある。
この電源の問題は、軍用機、特にミッション・アビオニクスの塊みたいな大型機ほど深刻になる。その典型例が早期警戒機だ。機体そのものは民航機を流用することが多いし、外見も「客室の窓がない」とか「アンテナがやたらと付いている」というぐらいの差だが、中身は大違い。ことに発電機の増設は必至である。
そして、電気を食うアビオニクスという名の電気製品が増えれば、そこから発生する熱も増加するので、冷却・空調能力も強化しなければならない。すると、そのためにまた余分の電力を必要とする、ある種の無限ループに陥らないだろうかと心配になる。
「高いところを飛んでいれば外気温が低くなるから、それで冷やせるんじゃないか?」と思いたくなるが、実は高度が高くなると空気の密度が低くなるので、温度の数字が下がるほどには冷えないものであるらしい。
その3・ソフト屋の仕事が増えた
詳しい話は本連載の第22回で取り上げているので繰り返さないが、コンピュータ・コントロールに頼る部分が増加すれば、当然ながら、そのコンピュータを動作させるためのソフトウェア開発が必要であり、ソフト屋さんの仕事が増えるという図式である。
つまり、空力・構造・動力・補機といった分野に加えて、電子機器やソフトウェアの専門家が開発チームに加わらなければならず、しかもその比率が高まる一方というわけだ。そして、ソフトウェアの開発やテストにかかる手間は膨大になり、これがまたスケジュールの足を引っ張りかねない要因になっている。
そのため、同一機種同士だけでなく異なる機種の間でも、利用できるコードは再利用するような工夫が求められるし、実際、そうなってきている。ノースロップ・グラマン社がF-16用に提案しているSABR(Scalable Agile Beam Radar)というレーダーは、ソースコードの多くがF-35用のAN/APG-81と共通だそうだ。
いったん開発と熟成が進んだコードは代わりのきかない財産だ。ただ、それを活用・再利用するには、ソフトウェアの設計をどうするかというアーキテクチャの問題も関わってくる。
たとえば、ソフトウェアを機能別にモジュール化してモジュール単位で再利用できるようにするといっても、口でいうだけなら簡単だが、実際はどうだろう。まず、モジュール同士のインタフェース仕様を適正に定めておかなければ、組み合わせた全体が意図した通りに機能しない、あるいは発展性がない、といった問題につながる可能性がある。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。