航空機の製作に際しては、「実大模型」(モックアップ)の作成というイベントがお約束のようについて回る。と思ったら、近年ではこの分野でもコンピュータ化・デジタル化という流れが出てきている。

実大模型を製作する理由

もちろん、設計作業を進めて図面をひく過程で、たとえば空間の取り合いや機器・スイッチ・レバー類の配置などといったところについて検討しているわけだが、やはり「実物を作ってみないとわからない」という類の話はいろいろある。

また、整備・点検の際に開閉するアクセスパネルの位置、あるいは開く向きなどといった話についても同様である。民間機でも整備性の良し悪しは重要な問題だが、軍用機においてはなおさらだ。整備性の良し悪しは可動率やターンアラウンド・タイムの問題に直結して、それが国の護りすら左右することになりかねない、重要な問題である。

というわけで、「実物を作ってみないとわからない」問題を解決するには、図面通りに実物と同じサイズ・同じ形状・同じ機能を持つものを製作するのが一番の早道だ。その際には搭載機器の機能まで検証するわけではなくて、寸法・形状・位置関係といった要素が分かればよい。

そこで実大模型の製作に際しては、加工が容易な木材を使用することが多い。航空自衛隊・浜松広報館にF-2支援戦闘機の実大模型(開発過程で使用したものを転用した)が展示されているが、これは展示品だからきれいに塗装されている。

ところが、同じ自衛隊機の実大模型でも、岐阜のかかみがはら航空宇宙博物館に展示されているOH-1観測ヘリの実大模型は木材の地が出たままで、こちらの方が実大模型っぽい。

ちなみに、実大模型の中をのぞいてみると、コックピットの計器盤は紙に描いたものが張り付けてあるだけ、ということも少なくない。位置関係や操作性の検証を行うのであれば、それでも用は足りるわけだ。

本連載は「航空機とIT」と題しているから飛行機の話をメインにしているが、実は他の分野でも実大模型を作って検証に供していることがある。たとえば、海上自衛隊の新型護衛艦を造る際に、艦橋内部の実大模型を作って機器配置や使い勝手の検証を行っているようだ。

ヴァーチャルな実大模型!?

ところが、この分野にもコンピュータ化・デジタル化の流れがもたらされた。それがDMU(Digital Mock-Up)である。

読んで字のごとく、これまでは物理的に存在する形で製作していた実大模型をコンピュータ・モデリングに置き換えて、コンピュータの内部で空間の取り合いなどについて検討できるようにしたものだ。

当然、DMUを作成する「だけ」のためにデータをコンピュータに入力するのは無駄もいいところであり、実大模型による検討の前段階として行う設計作業において、コンピュータ・ベースの作業を行っていることが前提になるだろう。

つまり、本連載の第18回目で取り上げたCAD/CAM(Computer Aided Design / Computer Aided Manufacturing)の利用が一般化したからこそ、そのデータを活用するDMUも実用的なものになった、といって良いかもしれない。

そして、航空機メーカーなどで広く用いられているCADソフト・CATIA(Computer graphics Aided Three dimensional Interactive Application)が3次元モデルを扱う機能を強化してきたのも、木で造った実大模型の代わりにコンピュータ上のDMUを使うという流れに沿ったものではないだろうか。

木で実大模型を製作しようとすると、場所をとるし、大掛かりな木製品を図面通りに正しく製作する工作技術も必要になる。今時の航空機で木工を必要とする場面はほとんどないから、航空機の製作に際して木工の作業には出番がない。

となると、実大模型を造るためだけに木工を担当する人手、あるいは木工のための技量を維持するのは、いささか手間のかかる話である。DMUであれば、そういう負担を回避できるメリットもあるのではないか。

ちなみに、実大模型の代わりとなるDMUだけでなく、別の分野でDMUという言葉が用いられた事例がある。いつぞやの「防衛技術シンポジウム」で、防衛相の技術研究本部が将来戦闘機についての検討を行った際に、シミュレータ上で作成して "飛ばした" 将来戦闘機のモデルを、DMUと呼んでいた。こういう言葉の使い方もあるのか、と少し驚いた記憶がある。

DMUは万能の解決策か?

ただ、すべてDMUで済むのだろうか、と疑問に思える部分もある。

たとえば、機内に設置する各種の機器について、空間の取り合いを検討するような場面であれば、コンピュータの画面でも用が足りるだろう。ところが、コックピット内部の機器配置・使い勝手・視界の良し悪しなどといった場面について検討するとなると、やはり実物を造って生身の人間が検証しないと、最終的な結論は導き出せないように思えるからだ。

新しいテクノロジーが出てくると「○○万能論」みたいなことを言い出す人が現れて、「従来のやり方を使い続けるのは時代遅れ」と煽る風潮が見受けられることがある。しかし、何にでも得手・不得手はあるのだから、DMUのほうが効率的、あるいは経済的という場面ではそちらを使い、本物の実大模型を作らないと埒があかない場面ではそちらを使う、というのが現実的な落としどころではないかと思える。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。