過去4回に渡ってアビオニクスのさまざまな話を取り上げてきたが、基本的には軍用機と民間機の双方に共通する話題を取り上げてきた。ただ、高度な電子機器をいろいろ積んでいるという点では、やはり軍用機の方が上を行く。そこで今回は、軍用機限定の話を。
ミッション・アビオニクス
軍用機の場合、飛行機として飛ぶだけでは話が完結せず、課せられている任務を遂行して帰ってこなければ意味がない。その任務遂行のために必要な機能、あるいは任務遂行を容易にする機能を実現するために、さまざまな電子機器を活用する。
昔なら人手に頼ったり機械仕掛けでやったりしていたところだが、コンピュータやその他の電子機器を活用する方が信頼性が高く、性能・機能の面でも優れている。だから必然的に、軍用機はコンピュータや電子機器の塊になってきた。
この、軍用機が任務を果たすために使用するコンピュータや電子機器のことを、ミッション・アビオニクス、あるいはミッション・システムと呼ぶ。ミッションとは任務飛行のことだから、それを遂行するためのアビオニクスないしはシステムというわけだ。
もちろん、軍用機に課せられる任務の種類は多種多様だから、それに合わせて専用の機材が必要になる。
例 : 対潜哨戒機のミッション機材
たとえば対潜哨戒機であれば、潜水艦を探知するためにさまざまなセンサー機材を搭載している。難解かも知れないが、その例を示してみよう。
- 対水上レーダー(水上にいる潜水艦や、その潜水艦が水面上に突き出した潜望鏡・シュノーケルなどを探知する)
- ESM(Electronic Support Measures。レーダー電波などの発信を逆探知する)
- FLIR(Forward Looking Infrared。エンジン排気などの熱源を探知する)
- ソノブイ(自ら探信したり聞き耳を立てたりして、水中にいる潜水艦を探す)
- ソノブイ受信機(ソノブイから送ってきた情報を受信・処理する)
- MAD(Magnetic Anomaly Detector。巨大な鉄塊の出現による磁場の変化を探知する)
- 目視
多種多様なセンサーを組み合わせて、場面に応じて使い分けながら潜水艦を探知したり追い詰めたりするのが対潜哨戒機の特徴だ。だから、どのセンサーからどんな情報が入ってきているのかを、センサー・オペレーターが正しく把握していなければ仕事にならない。
また、特に受聴ソノブイで捉えた音響データは、コンピュータを駆使した処理・解析が不可欠だ。それによって、艦種あるいは個艦の識別まで可能になる(こともある)。しかも海中における音響伝搬は、空中における電波の伝搬と比べると複雑なので、一筋縄の方法では対応できない。
そして探信ソノブイと受聴ソノブイの両方にいえることだが、ソノブイは流されて位置がどんどん変わるから、どのブイがどこにあるのかを常に把握しなければならない。しかも、その情報に基づいて位置データや音響データを処理する必要もある。幾何学的な話も関わってくるわけだ。
こういう作業を人手に押しつけないで、コンピュータを初めとする電子機器が肩代わりする。まさにミッション・システムの真髄である。それだけに、こうしたシステムを開発したりテストしたりする手間、あるいはシステムが必要とするデータを収集・配布・更新する手間は馬鹿にならない。
ドンガラよりアンコの時代
たまたま対潜哨戒機を引き合いに出したが、戦闘機だろうが爆撃機だろうが早期警戒機だろうが、それぞれの任務に合わせたミッション・システムを備えているのは同じである。ちょうど、筆者は「航空ファン」誌で2014年1月号から「軍用機のミッション・システム」を連載しているので、機種別の詳しい話はそちらを参照していただけると嬉しい。
さて。軍用機が任務を果たすためにミッション・システムが重要な役割を果たすようになると、機体そのものよりもミッション・システムが占める重要性の方が高くなってくる。そして、開発や調達にかかる費用も手間も、そしてリスク要因も、機体以上にミッション・システムの方が大きな比率を占めるようになっているのが目下の趨勢だ。
実際、戦闘機の分野では飛行性能の向上が行き着くところまで行ってしまい、劇的な飛行性能向上はあまり見られなくなっている。その一方でミッション・システムの進化が著しいことから、手持ちの戦闘機を新型機に代替する代わりに、ミッション・システムだけ更新する事例がひきもきらない(我が国のF-15J近代化改修もそうだ)。
もちろん、アビオニクスを中心とするアップグレード改修が成立するのは、機体の寿命に余裕があることが前提だ。その辺の話は、本連載の第9回を参照していただければと思う。
こうした傾向を筆者は「ドンガラよりアンコの時代」と呼んでいる。ドンガラとは機体やエンジンといった「飛行機」の部分、アンコとはミッション・システムのことだ。特に対潜哨戒機や早期警戒機は「ミッション・システム命」の飛行機で、どんなに飛行性能が優れていたとしても、ミッション・システムがポンコツでは使い物にならない。
機体の内部でさまざまなアビオニクスをネットワーク化して連携させるだけでなく、同型機同士、さらには他機種や地上・艦上のシステムまでネットワーク化して連携プレイを図ることを企図しているF-35は、まさに「ミッション・システムが主役を張る時代の申し子」みたいな戦闘機だ。その辺の話は、別連載「軍事とIT」に詳しい。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。